「ラッシュライフ」「西の魔女が死んだ」

本屋さんでまとめ買いした伊坂幸太郎さんの本、2冊目は、「ラッシュライフ」。

自分も文章を書いた頃があったので、小説を読むと、「こういうお話を書きたいなぁ」と思うか思わないか、という評価の物差しがあります。その本のテイストが自分にしっくりくる、という意味で、いいなぁ、こういう文章が書けたらなぁ、と思う場合。色んな警句や洒落た表現が一杯あって、いいなぁ、こういう洒落た文章が書けたらなぁ、と思う場合。物語の構成が見事で、いいなぁ、こういう物語を書けたらなぁ、と思う場合。もちろん書けるわけはないので、本当にそう思うだけ。

伊坂さんの本を読んで、久しぶりに出会ったお気に入りの作家・・・と思ったのは、文章のテイストといい、そこに流れる人生哲学といい、センスのいい引用や警句の散りばめられた洒落た文章といい、全体の構成といい・・・どこをとっても、「いいなぁ、こういう小説を書けたらなぁ」と思わせてくれる、というのが高ポイントの理由。この「ラッシュライフ」では、複雑に交錯する複数のストーリが見事に織り込まれた構成の妙に感嘆。それなりに複雑な構成だった「重力ピエロ」の方が、よほどシンプルに思える。

数日間のうちに、仙台を舞台に繰り広げられるいくつかのエピソードが、複雑に絡みながら一つのカタルシスに向かって盛り上がっていくプロセス・・・一応、最終章に至って、全体の時間軸や前後に矛盾はないようにまとめられているように見えるのだけど、そこは小説巧者の伊坂さんのこと、どうも冒頭のエッシャーのだまし絵のように、どこかに空間や時間のゆがみがあるような気がしてしょうがない。誰か、この小説の中の物語を、時間表にしてまとめてくれないかなぁ。どこかで何かが起こっている気がしてしょうがないんだけど・・・

複数のお話が有機的に絡み合う・・・という点で、以前この日記に書いた、重松清さんの「その日のまえに」と少し似た趣向。そうなんだけど、「ラッシュライフ」の方がはるかに構造的に複雑。重松さんも職人的に上手な作家だなぁ、と思うのだけど、伊坂さんの方は、職人的、というよりも、一種複雑なパズルを作っていくような、知的でマニアックな意識を感じます。

そういう技巧的小説、というのは、しばしば作家の自己満足に陥りがちだったり、技巧のための技巧に堕してしまったりする傾向がある気がする。重松さんの「その日のまえに」にもそういう傾向がなかったわけではないし、「ラッシュライフ」はむしろそういう知的楽しみを前面に押し出しているパズル小説、と言ってしまっていいと思う。

でも、「ラッシュライフ」を、そういう技巧的な知的遊戯小説以上のものにしているのは、物語の底流に流れる人間存在への愛情と、非常に常識的な倫理観。ばらばらに語られるエピソードの一つ一つにおいて、登場人物たちは決してパズルのピースとしてだけではなく、しっかりと存在感のある生きた人間として描き出されている。そういう実在感のある人々へ、読者のシンパシーがしっかり根付いた所で、物語は意外と予定調和的な大団円に向かっていく。予定調和なんだけど、そこに向かっていくプロセスが極めて緻密だから、カタルシスは十二分に充実したものになる。

「重力ピエロ」でもいい味を出していた黒澤さんが、主人公の一人として大活躍。「重力ピエロ」のような熱い感動はないかもしれないけど、知的興奮と優しい感動をくれる、実にいい本でした。

引き続き、映画の広告で目にしていた関係で、ちょっと手にしたのが「西の魔女が死んだ」。「ラッシュライフ」を読んだ後で読むと、全然食い足りない感じがしてしまうんだけど、ジュブナイルとしてはこんなものなのかなぁ。でも同じジュブナイルでも、池澤夏樹さんの「南の島のティオ」なんか全然完成度が違うけどね。

ある意味、なるほどねぇ、と思ったのは、傷ついた少女の心を癒すのが、英国流の自然とのふれあいである、という設定。この英国の香りが、女性や子供たちの心を捉えるのだろうか。確かに、「赤毛のアン」を思わせる、ゆったりした時の流れの中の田園生活の描写は、とても詳細でかつ魅力的。それはそれでいいのだけど、自然とのふれあい、ということだったら、日本の農業でもいいじゃん、なんて思っちゃうんだよなぁ。これが日本の農業だったら、映画化されるまで人気は出なかっただろうな、と思うと、そこに、日本人の中に色濃く残っている西洋偏重、日本軽視の傾向を読み取れなくもない。農業に貴賎があるわけじゃないのにね・・・なんてことを考えてしまうのは、ちょっと前の日記にも書いたネタだけど、私が汚れているだけなのかなぁ。もっと素直に感動しようよ。

個人的には、本編よりもむしろ、番外編、とも言える「渡りの一日」の方が好きだったです。小品なんだけど、きっちりキャラクターが立っていて、読後感がとてもさわやか。何より、全体に軽いユーモアが振りかけてあるのがいい。