パトロネージュを育てること

さて、今日は例によってさくら学院のことを結構書きますんで、興味のない方はここでご退場ください。でもちょっと自分のやっている音楽活動とも絡めて書きます。

さくら学院については、アイドルグループというよりも、養成機関、学校、という性格が強いんだ、という話は、この日記でも何度も書いています。学校生活をコンセプトにしたアイドルグループ、という売り込みで発足したグループではあるんですけど、グループの発足当初から、「校長先生」という役職をもっている倉本美津留さんご自身、「僕はこのグループをアイドルだと思っていない」と言い切っている。要するに、「学校生活をコンセプトにしたアイドルグループ」じゃなくて、アイドル活動という外向きの活動を通してプロのパフォーマーを育てる養成学校、というのがこのグループの本質。

養成学校なので、当然厳しいレッスンがあって、そのレッスンの様子はほとんど公開されていないんだけど、振り付けのMIKIKO先生をはじめとして、アミューズが持つ一級の講師陣がついていて、生徒たちもどんどん歌やダンスが上手になっていく。素人臭さを売りにしてほとんどレッスンを受ける機会がない、なんていうどこかのアイドルとは全然違う。そういうところも学校だな、と思うのだけど、パフォーマーを育てる上でものすごく大切な、「パトロン」としてのファン(さくら学院では「父兄」と言いますけど)を育てる、という機能も持っている所が、ただの養成学校とは違うところ。

ジャニーズがこれだけ次々と新しい男性アイドルを生み続けているのに、トップアイドルのバックダンサーなどで活動している時点から、「この子達は次のトップに出てくる」と目をつけてサポートしていくコアなサポーターの存在がある、というのは有名な話。同じ芸能人養成学校である宝塚音楽学校でも、学生時代の発表会ステージから追いかけ始めるコアなファンが、本公演のチケット売り上げの母体となっていく構造があると聞きます。その究極の形が歌舞伎だよね。4歳や5歳、という頃から初舞台を踏んで、そこからコアなファンがついてくるのだから、もともと舞台芸能、というのは、そういう「演者が幼いころからのパトロネージュ」を大事にしてきた歴史があるんだと思います。

実際、私が関わっているオペラ舞台でも、チケットを売ることができる歌い手、というのはそれだけで本舞台の大きな役をもらえることが多いし、そういう歌い手をしっかり支えてくれるパトロンとしての「固定ファン」を持つことって、舞台人としてすごく大事なことなんです。舞台を見て感激してリピーターになってくれる人もそうだし、学校関係や郷里の人脈、家族の人脈などで構成された集団でもいい、相当数の数の「パトロン」が必ずチケットを買ってくれる、という見込みがなければ、興行は成り立たない。

そういう意味で、さくら学院が、パフォーマーの育成プロセスからそれぞれの「パトロン」になってくれる「父兄」と呼ばれるファン層を作り出して、その上で高校生からの本格的な芸能活動に送り出す、というのが、非常に合理的に見えるんだね。一定数のチケット購買層を確保した上で、あとは本人の運と実力で表舞台での活躍を勝ち取っていく。三吉彩花さんにせよ、松井愛莉さんにせよ、BABYMETALにせよ、佐藤日向さんにせよ、飯田來麗さんにせよ、一定数の「父兄」のパトロネージュを踏み台にして次のステージに上がっていったのは事実だと思う。

そしてまた、このさくら学院の「父兄」というのが不思議な集団で、他のアイドルさんのファンとは少し違う属性を持ってる。私も含めて年齢が若干高い、というのもそうなんだけど、要するに、推しメンに対して疑似恋愛感情を持つのではなくて、むしろ母性とか父性本能で動いている要素が大きいんだよね。なので、他のアイドルさんみたいに、交際報道で呪詛や絶望の言葉があふれる、なんてことが起こらない。

そういう「父兄」の優しさ、みたいのを実感したのが、少し前に見に行った映画「さよならくちびる」の舞台挨拶付上映会。2018年度の卒業生だった新谷ゆづみさんと日髙麻鈴さんが舞台挨拶をしたのだけど、2人が登場しても、アイドル登場の時によく出てくる黄色い声が起きない。温かい拍手だけ。MC役の方が、アイドルの舞台挨拶、ということで多少軽めの進行をしようとしたのだけど、客席の空気を察して途中から「プロの女優たち」への対応に舵を切っていて、この方もプロだなぁ、と思ったけど、それだけ客席を埋めた「父兄」さんが、アイドルではなくて、新人女優である二人のこれからを温かく見守っている空気を醸し出していることに、ちょっと感動したりしました。

こんなことを考えたのは、先日、さくら学院の転入生オリエンテーションというイベントに参戦してきたから。2019年度に転入してきた三人の「転入生」(普通のアイドルグループなら、「新たに加入した新メンバー」というところ)がどんな子か、というのを、体力測定やらゲームをやってお披露目する、という、さくら学院ならではの大変平和なイベントです。歌もダンスもないのに舞台イベントとしてこれが成り立ってしまう、というのも、将来のパフォーマーたちを興行面から支える基盤として、「父兄」というパトロネージュをしっかり形成していこう、というこのグループの本質なんだなぁ、と実感しました。