ウェスト・サイド・ストーリ〜言葉の対立、言葉の受容〜

次第に生活のパターンが確立してきたのはいいのですけど、以前もこの日記にも書いた通り、かなり思い切って自分を外向きに誘導しないと、どこまでも引きこもり生活が可能であることに気がつく。家のすぐ近くには、以前からなんどもこの日記に出てくる「MITSUWA」という日本食材のお店があり、梅干でも佃煮でもなんでも手に入る。ポッキーやらお饅頭、たい焼きまである。「MITSUWA」の中には三省堂もあるし、和風食器の店もあり、とにかく何でもそろっている。日用品は家の近所のA&P Martがあるし、衣料品その他雑貨はTARGET、台所・お風呂・ベッド周りはBATH & BED BEYONDがこれまたすぐ近くにある。「MITSUWA」のすぐ脇のショッピングモールにはJCB BOOKという古本屋さんがあって、日本の本が元の値段より少し安く買える。家に帰ればケーブルテレビでTVJapanが見られて、ゲゲゲの女房もリアルタイムでやってる。家族とはスカイプでビデオ電話。今朝の朝ごはんは米のご飯に鰹節がけ冷奴と卵焼きと味噌汁。これじゃ国内転勤とほとんど変わらん。

会社の従業員の9割は米国人なので、会社にいる間はほとんど日本語を使わない生活なのですけど、家に帰ればどっぷり日本。そりゃその方が気楽ですから、どうしても家にこもりがちになる。NJの家とStatenの会社をただ往復するだけの毎日だと、なんだか自分はどこにいるのか分からなくなってくる。

これじゃまずい、ということで、今日の日曜日、マンハッタンにミュージカルを見に行くぞ、と、えいやと出かける。字幕がなくてもちゃんと話が分かる演目にしよう、と、おなじみの「ウェスト・サイド・ストーリ」を選びました。ネットで事前に席を予約し、「Will Call」というチケット引渡し方法を選ぶと、予約番号が発行されます。支払い手段のクレジットカードと、本人証明のできるもの(パスポートなど)を提示すれば、劇場の窓口でチケットを渡してもらえる仕組み。

ついでにタイムズスクエア近辺をうろつくぞ、と、午前中から、NJTransitバスでマンハッタンに出る。NJTransitバスは、NJに住む人たちのマンハッタンへの通勤の足になっていて、平日の朝などは15分おきくらいに便が出ています。日曜日でも30分に一本くらいのペース。時刻表はWEBで調べます。まぁ時間通りにはこないんですけど、それでも10分遅れ位でちゃんとくる。夜は1時間に1本くらいにペースが落ちるので、夜のNY発時間をきちんと確かめないといけませんが、片道4.25ドルとお値段も手ごろ。とても便利です。

一般市民の足、という感じなので、さまざまな方々が乗ってくるのですが、驚くのが、スペイン語を話す人たちが多いこと。窓の外のBergenline Avenueという商店街を眺めていても、とにかくスペイン語の看板が多い。NYに着いたころからそれはある程度認識していて、テレビでもスペイン語のチャンネルが結構あるし、新大久保近辺で韓国語を聞くのと同じくらいの頻度か、それ以上の頻度でスペイン語が飛び交っている。

「ウェスト・サイド・ストーリ」の今回のリバイバル上演でも、プエルトリコ出身者であるジェット団の連中がスペイン語で会話をする。ヒロインのマリアも、家族との会話の大部分がスペイン語。これだけスペイン語の人口が増えている(米国ではすでにスペイン語第一言語にする人口のほうが多い、という話も聞いたな)にもかかわらず、NYのブロードウェイ・ミュージカルがスペイン語で上演されることは、ある意味ビッグニュースで、日本でもニュースになりました。ライナーノーツなどを見ると、もともと原作者のSondheimが、この作品を一部スペイン語リバイバルしてみよう、と思った、というのは、彼がコロンビアで見た同じミュージカルが、ジェット団を主役に描かれていたことがきっかけだったそうです。

言語が明確に異なることによって、このお話の対立軸が、文化・民族という根深い部分にまで掘り下げられる。その対立を超えて結ばれるマリアとトニーの愛の純粋さが際立つ。そういう側面があるのだけど、それ以上に、このリバイバル公演のニュースは、「米国の文化の中心であるブロードウェイが、スペイン語を受容した」というコンテキストで語られていたような記憶があります。対立と融和、というこの作品のテーマそのものが、スペイン語上演、という事実によって現実社会に反映してくる入れ子構造。それを日本人の私が見ていて、そして心から感動できる、というのも、面白いなぁ、と思いながら見ていました。言語・文化・民族を超えて感動を生み出すものが、純粋な愛という物語のテーマと、音楽と、圧倒的な肉体表現である、という別の融和と協調の構造。

とはいえ、スペイン語の会話の部分は全体の中のほんの一部で、まだまだ限界はあるんだなぁ、というのも感じました。多少高めのチケットだったのだけど、前から5列目くらいのいい席をゲットして、目の前で繰り広げられる本場のミュージカルをたっぷり堪能してまいりました。一ヶ月に一回くらいは、こういう舞台を見に行けたらいいなぁ。