ニューヨークの地下鉄のこと

ニューヨークの地下鉄がきれいになり、乗りやすく便利になった、というのは本当のことで、20年以上前に悪評高かった落書きもほとんど見られなくなり、駅舎の中にゴミも見当たらず、普通の人たちが普通に通勤の足として便利に使っています。私も毎朝、グリーンライン、という路線を使って通勤。マンハッタンの東側を南北に走るルートです。どこまで乗っても均一2.25ドル、というお値段は少し高い気もするけれど、メトロカードというプリペイドカード(残額がなくなると再チャージして使います)も便利。マンハッタンの中の移動には欠かせないニューヨークの主要交通手段です。

・・・と安心していると足元をすくわれるのがニューヨーク。週末、女房と娘とニュージャージからの帰り、バスが停まるPort Authorityという駅から、アパートのあるMidtownに帰ろうとすると、乗りたい路線のレールの上に、工事用車両が、ででん、と停まっている。なんじゃ、と思って、そういえば、と思い出してみれば、車内アナウンスで、「out of service today」とわめいていたっけ。あわてて代替路線を探して、なんとか事なきを得る。

そう思って注意してみてみれば、駅の壁に、「4月の運休について」みたいな張り紙がある。見れば、「この週末はE線は運休しているので、Queensに行きたい人はV線やF線を使いなさい」とか書かれている。日本なら普通、電車が走っていない深夜に実施されるメンテナンス作業を、週末にやっているらしいんです。今日は銀座線はメンテナンスのため運休するんで、半蔵門線を使ってください、なんて言ったら、東京メトロは殴られるよねぇ。

よしんば、東京でそういう臨時運休があったとしたら、これでもかとばかりにあらゆる駅で場内アナウンスがその情報を連呼し、電車の中の電光掲示板にもその情報が流れ続けると思うんですが、ニューヨークの地下鉄はだんまりを決め込んでいます。車内アナウンスで該当駅に来ると、ちょっとお知らせしてくれるだけ。駅に貼ってある紙を見てないあんたが悪い、といわんばかり。

同じ路線を走っている電車の停車駅が違う、というのも混乱する。私が使っているグリーンラインには、4番線・5番線・6番線、という3種類の路線が走っているのですが、それぞれに停車駅が違う。同じグリーンラインだと思って油断していると、降りたい駅を通過してしまう。この4・5・6番線、というのは、マンハッタンの北側で分岐しており、言ってみれば、千代田線に乗り入れている小田急線とJR線、という感じではあるんですが、小田急だってJRだって、千代田線に入れば停車駅は同じですよね。

路線の運休が重なる週末になると、事態はさらに悪化。車両の融通がつかないのか、調整のためか、グリーンラインにレッドラインの車両が走ったりする。車両の外を見るとグリーンラインと書いてあるのに、乗ってみると、車両の中の路線図がレッドラインの路線図で、次の停車駅のランプもレッドラインの駅名の上に点いているから、乗客は大混乱。NYに多い地方からの観光客が困惑してNYっ子に聞いているのを見かければ、NYっ子も、「よく分かんない」と首を傾げている。

車両は確かにきれいになったんですが、駅舎は老朽化が進んでいます。古いものを大事にする米国らしく、1904年の創設以来の駅舎をそのまま使っているんじゃないか、と思うくらい、駅舎は暗くて薄汚い。同じ米国の地下鉄でも、ワシントンの地下鉄はずっときれいだったですけどね。

マンハッタンの市内を行き来している分には、身の危険を感じることはほとんどないですが、これも油断禁物。この週末、ニュージャージに向かうバスに乗ろうと、マンハッタンの北にあるジョージ・ワシントン橋に行こうとして、乗る電車を間違え、マンハッタンの北東、ブロンクスパークの近くまで行ってしまう。駅で降りると、駅の中はガランとして人気がなく、街の雰囲気もひどく悪い。しまった間違えた、と、マンハッタンに向かうホームに行こうとすると、入り口にテープが貼ってあって入れない。「本日上りホームは閉鎖しております」なんて親切な掲示があるわけでもなく、マンハッタンに行きたかったらこうしなさい、と教えてくれる駅員の姿もない。ひょっとしてこのままオレはブロンクスの奥まで進んでいくしかないのか?と青ざめましたが、ひと駅先でマンハッタン行きの逆方向の電車に乗り換えて、なんとか戻ってくることができました。旅のだいご味は、道に迷うことにあって、Lost the wayというのはFind a wayにつながる、というのはその通りなんですけど、やっぱり限度があります。

こうやって考えると、日本の地下鉄というのは間違いなく世界一だね。北京の地下鉄も日本並みにきれいで便利だけど、車両の内側の路線図が左右で違う、といった細かい気配りや、場内アナウンスの情報量の多さ、親切さ、という点では他の追随を許さない感じがする。最近の複雑な乗り入れ路線の相互作用で、時間の正確さ、という点ではかなり状況が悪化している気はするけど。

逆にいえば、そういう一種過剰なサービスが、日本の公共料金の高さにつながっているわけでしょ、なんて言う人もいるかもしれないけど、前述の通り、ニューヨークの地下鉄の料金は2.25ドル。決して安くないですよね。一体この金をどこに使っているのだキミたちは。東京メトロはそのコストパフォーマンスを世界に誇ってもいいと思うぞ。ガレリア座の身内に社員がいるから言ってるわけじゃないぞ。うん。