「美しきエレーヌ」をめぐる会話(創作)

週末、「美しきエレーヌ」のソリスト強化練習、ということで、土曜日・日曜日とぶっ通し練習をしてまいりました。非常に充実感のある練習でした。

歌に関しては、まだ自分で型を定めていなくて、表現の引き出しを沢山用意する段階・・・という感じです。自分のナンバーをさらっている時間にも色んな表現を試してみて、最後の通し練習では、そのどれとも違う表現をしてみよう、というくらいの気持ちで臨みました。まだまだ工夫の余地はあるけど、自分なりに、「こういうやり方もアリなんだ」という実感があって、そういう充実感のある練習になりました。

女房も、今回久しぶりにコンビを組むパリス役のT君と、自分の持つ歌唱技術のバリエーションに磨きをかけています。全体に、エレーヌという役は、女房の持っている声域からは低い音域。自分の本来の音域じゃないところで勝負がかけられる引き出しを増やすために、練習の間中、常に新しいフォームを試している・・・という感じ。

それぞれのソリストが、そういう新しいチャレンジの積み重ねをしっかり自分のものにしていて、通し練習が終わった後、音楽監督のN氏も、「実に達成感のある強化練習でした」との一言。それも、「これがゴールじゃなくて、これから本番に向けてまだまだ何かが起こりそうな、ワクワク感と達成感のある練習」という感じがしました。こういう練習が続けられるといいよね。

さらに、練習の最後には、ついに!脱稿されてきた台本の読み合わせ!演出のY氏の台本は、適度な悪ふざけも交えながらも決して行き過ぎず、奇をてらわず、客におもねず、非常にバランスのとれたいい台本です。キャストにも芸達者連中がそろっていて、一度台本を与えられれば、すぐに味のある芝居を見せてくれる。さて、セリフを覚えなければ。

土曜日の夜、Y氏も交えての飲み会だったのですが、Y氏がなかなか面白い話をしていました。また、日曜日、練習が終わってから帰宅後に、女房と交わした会話も交えて、以前もやってみた「会話の再構成」で、Y氏、女房、私、の3者対談をお送りしてみます。(以下の会話は、実際に交わされた会話とはかなり違っていますので、ご了解のほどを)
 
Y氏「今回のキャストはね、以前ガレリア座でやった『天国と地獄』のキャストと、微妙にかぶるんだね。『天国と地獄』でジュピターをやったSingさんが、今回はジュピターの神官であるカルカスをやるでしょう。『天国と地獄』で羊飼いアリステウス(実はプルート)をやったTさんが、今回も羊飼い、実は王子パリス、という役をやる。そういう役の重複みたいな所を、ちょっと意識した演出にしてみたいなぁ、なんて思って、いくつか仕掛けを用意したんだ。」

私「それって、私としてはとても嬉しい話でね。『天国と地獄』のジュピターが、オッフェンバックの時代のフランス第三帝政の君主、ナポレオン三世のパロディであることは有名な話。実際、オッフェンバックオペレッタには、明らかにナポレオン三世のパロディと思われる人物が必ずといっていいほどよく出てくる。今回の『美しきエレーヌ』のカルカスとアガメムノン、というのは、ナポレオン三世の胡散臭さを2人のキャラクターで分担しているようなキャラクター。そういう、オッフェンバック世界での常連さん、というキャラクターを連続して演じることができた・・・というのは、とても光栄なこと。」

Y氏「確かに、オッフェンバックの作品の中にある類型化されたキャラクター・・・なんだね。当時のオッフェンバックの劇団の中のソリストの構成にも影響されているのかもしれないけど。もちろん、ガレリア座の『天国と地獄』を見た人がどれだけお客様として来てくれるかは疑問だし、用意された仕掛けに気づく人も少ないだろうとは思うけどね、『ガレリア座をよく知っている』一部の人にだけ分かってもらえて、その人たちがニンマリしてくれれば、それでいいんだよ。」

私「そういう、分かる人には分かる・・・というツボが、ガレリア座公演の隠し味的な面白さになっている、という気がするね。前回の『こうもり』でも、コルンゴルド編曲版の持つ濃厚なウィーン色を、フロッシュを女性に演じさせる、という仕掛けと、2幕に『ばらの騎士』を挿入する、という遊びで見事に表現していた。あれも、『ばらの騎士』を知らない人がみればチンプンカンプンの場面なんだけど、知っている人が見ればすごく面白い。」

Y氏「もう一つの台本の意図としてね、今回の『美しきエレーヌ』では、原典の持っている『パロディ』という要素をきちんと見せていこう、と思っているんだよ。例えば、『美しきエレーヌ』には、ワーグナーのある作品のパロディになっている場面がある。でも、当時の人はすぐに、『お、ワーグナーのパロディだ』と分かったものが、現代の人にはピンとこない。オッフェンバックワーグナーが時代的にどういう関係にあったかということすら知らない人も多いからね。オペレッタ、というだけで、オッフェンバックの方が全然新しい時代の人だ、なんて思っているかもしれないけど、完全に同時代人なんだよ。」

私「そうなのか。確かに、ネットで調べてみると、生年・没年もほぼ一緒だねぇ。オッフェンバックが1819年生まれで1880年に亡くなっている。ワーグナーは、1813年生まれで、1883年没。」

Y氏「なので、その場面では、『これはワーグナーのパロディなんですよ』というのをすごく分かりやすく見せる仕掛けを盛り込んでみた。これも、ワーグナーの原典を知らない人からすればチンプンカンプンなんだろうけど、分かる人だけが分かってくれりゃいいのさ。」

女房「それ以外にも、色んなところで、ヴェルディのパロディや、イタリアオペラのパロディの部分っていうのが沢山あるよね。はっきりしないけど、『天国と地獄』でも出てきたグルックのパロディみたいなところもあるし。」

Y氏「それ以外にも、マイアベーアのパロディもあったりするんだよ」

女房「へぇ、それは面白いねぇ。でも、パロディっていうのは、限りなくオリジナルに近い表現をすることで初めて面白みが出てくるものなんだよね。イタリアオペラのパロディ部分は、ホンモノのイタリアオペラよりもさらにイタリアオペラっぽくやらないとパロディにならない。色んなオペラのパロディがてんこ盛り、ということは、表現する側に、ドイツオペラもフランスオペラもイタリアオペラも、ホンモノ以上にホンモノっぽく表現できる力量がないと。」

私「オペレッタは難しいけど、さらにパロディの難しさ・・・というものが加わってくると、これは難物だねぇ・・・チャレンジのしがいがある、といえばそうだけど、頑張らないと。しかし、Y氏も、演出もやり、台本も書き、しかも今回はメネラウスというキャストもやらないといけない・・・大変だねぇ。また、メネラウスがエレーヌに罵倒されるシーンの台本が実によく書けていて、思わず笑っちゃったんだが。」

Y氏「いや、あれは、私のガレリア座における日常生活のパロディで・・・」

女房「あなたは私のおかげでこのガレリア座を治められたことを忘れないで頂戴」

Y氏「はい、忘れません」
 
・・・ガレリア座『美しきエレーヌ』、今年6月22日の舞台に向けて、全員気合十分です。皆様、是非、新装なった新宿文化センターにご来場くださいね!