「利口な女狐の物語」〜演出にアイデア賞〜

週末、合唱コンクールの全国大会で熊本にでかけた女房の留守中、娘と二人で色々と活動しておりました。以下に列挙。

日生劇場の「利口な女狐の物語」を娘と二人で観劇。
・夜、娘を寝かしつけてから、以前録画していた、佐々木昭一郎演出の「紅い花」を見る。つげ義春の叙情。
・日曜日、朝から、府中郷土の森博物館に。久しぶりにプラネタリウムを見る。
・日曜日の夜、蔵こんでご一緒したT君とRちゃんの結婚式の二次会に出る。乾杯のスピーチで喋りすぎちゃった・・・

今日は、「利口な女狐の物語」の感想を。

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指 揮   : 広上 淳一
演 出   : 高島 勲
美 術   : 乘峯 雅寛
照 明   : 勝柴 次朗
合唱指揮 : 田中 信昭
ドラマトゥルグ : 山崎 太郎
森番  小森 輝彦
女狐ビストロウシュカ 森 美代子
雄狐 大久保 陽子
校長/蚊 加茂下 稔
神父/あなぐま 鹿野 由之
行商人ハラシュタ 吉川 健一
宿屋の主人パーセク 石鍋 多加史
森番の妻/ふくろう 今井 典子
犬ラパーク 大槻 孝志
パーセクの女房  村澤 徳子
雄鶏 斎藤 晴美
とさか雌鳥  鈴木 彩
蛙 伯田 桂子

管弦楽 新日本フィルハーモニー交響楽団

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という布陣でした。

ヤナーチェクのこのオペラについては、以前、ボヘミア・オペラの来日公演を国際フォーラムに見に行って感激し、2005年のインプットの中でも心に残るイベントとして紹介したことがありました。人間と動物が渾然一体となった、豊穣感と生命感溢れるオペラ。

これを日本語上演する、という。しかも、森番が、ガレリア座ともご縁のある小森さんだという。ダブルキャストのもう片方の組では、やっぱりガレリア座でご縁のある三角枝里佳さんが出演されるという。迷ったのですが、日曜日にはT君の結婚披露パーティがあるので、三角さんには申し訳なかったのですが、こちらは断念。小森さんの回を見に行きました。動物もたくさん出てきて楽しいし、娘も楽しめるだろう、ということで、娘も一緒です。昨年、「アラジンと魔法のランプ」を見た同じ日生劇場。娘は、ママのお下がりのよそ行きの赤いワンピースを着て、セリーヌのバックを下げて、おめかしして行きました。

ボヘミア・オペラでは、歌手がメイクをして狐やアナグマの衣装をまとう、という演出だったのですが、今回の演出では、歌手が自分の手に、狐や蚊の人形を持っていて、それを操りながら歌う、という演出。開演前から、ぼんやりと見える舞台上に、その人形たちが円形をなして置いてあることで、このオペラの一つのテーマである、「輪廻」の姿が分かりやすく表現されている。序曲のうちに、「人間」としてのパントマイムをしながら登場する歌手たちが、その人形を手にすることで、「動物」に変貌していく。舞台前面の小セリを効果的に使って、舞台転換がそのまま、死と生を「再生」として結びつけ、動物世界と人間世界の境界をあいまいにする。歌手が完全に「動物」化しないことによって、このオペラの持っている世界観が見事に表現されている。その演出のアイデアと、人形の造型が素晴らしい。

森番の小森さんは、本当に安定した声の色と、明確な日本語歌唱で、この難曲を見事に歌いきり、演じきってらっしゃいました。女狐の森さんの、若々しく、軽妙かつ軽快でありながら、艶やかさと気品を失わない存在感と歌唱も見事。雄狐の大久保さんの凛々しさ、校長/蚊の加茂下さんの、ペーソスあふれる演技、神父/あなぐまの鹿野さんの安定感、行商人ハラシュタの吉川さんの悪役ぶりも素敵だった。すごく難しいオペラだと思うのですけど、本当に楽しめました。何より、宮本益光さんの訳詩は、歌手の生理をきちんととらえていて、脇の字幕スーパーがほとんど不要なくらいに、歌い手さんの日本語がきちんとクリアに聞こえてきました。

でも、正直言えば、ボヘミア・オペラがくれたあの包み込むような感動はなかった。舞台セットや衣装にかかっている予算や技術なんかは、日生劇場の方がよほど手間がかかっていて、演出も凝っている。ボヘミア・オペラの方はもっと素朴でシンプルでした。それでも、ボヘミア・オペラの舞台では、序曲から、オーケストラの音の深み、響きの広がりに包まれ、そのまま湿度の高い森の中へと引き込まれていくような、鬱蒼とした音の厚みがあった。今回の舞台では、細い柱が何本か立っていて、これが森に見立てられていたのだけど、どこか荒涼とした感じがして、森の豊穣感のようなものを伝えるには、ちょっと寂しすぎた気がしないでもない。そういう舞台美術に対する違和感もあったのかもしれないけれど、やっぱり単純に、「オラが故郷のオペラ」を演奏しているボヘミア・オペラと比較すること自体が酷なんだろうなぁ。もちろん、私にとって、このオペラに初めて触れた舞台だった、ということもあると思うしなぁ。

それでも、(あくまで個人的な感想だけど)母音の浅い日本語歌唱、ということもあったのかもしれないし、日生劇場、という音響上の問題もあったのかもしれないけど、全体に音の深みが足りないような気がしてならなかった。ラストシーンでも、日生劇場演出では、舞台全体に動物と森番が散らばって立っている姿が、なんだか寂しく感じちゃったんだよね。ボヘミア・オペラでは、ラストで、森番を中心に動物たちが、記念写真でもとるような感じでセンターに集まってきて、それが動物と人間の一体感をとてもシンプルな形で表現していて、思わず涙が出てしまったのだけど、そういう比較自体が、私の中の「ボヘミア・オペラ」の印象が強烈過ぎたことの証拠だよねぇ。

娘は、かわいい狐の一家や、蚊の人形や、ペロペロ伸びるカエルの舌が楽しかったらしくて、十分楽しんだようです。子狐役の児童合唱の子供たちも大熱演。本当に難しいオペラだと思うのに、スタッフ含め、出演者の方々が、このオペラの世界を素直に楽しみ、どうやったらお客様に分かりやすく楽しく伝えられるか、ということに心砕いてらっしゃった様子が見えて、とてもいい舞台でした。小森さんはじめ、出演者の皆さん、スタッフの皆さん、とりわけ、この難曲を見事な日本語に仕上げた宮本さん、素敵な舞台をありがとうございました。