便利な世の中ってのは、うるさいもんだね

今年の車検で、思い切って車にETCとカーナビを入れたのです。これってほんとに便利ですねぇ。高速に乗る時に、いちいち腰を浮かせて、ズボンの財布を必死になって取り出す必要もない。私のような週末ドライバーだと首都高速で割引がきく。カーナビで一番便利なのは、大体の予想到着時間を表示してくれること。到着後にどれくらい時間があるか分かるので、その後の予定が立てやすい。

と思ったら、先日、こんなことがありました。車の中から、いつも借りている練習スタジオに電話して、週末の練習場所を確保しようとしたら、あいにくふさがっている。じゃあ、あそこなら空いているかも、と、以前借りた別のスタジオのことを思い出したのはいいけれど、連絡先がわからない。ひょっとして、と、カーナビで、その練習スタジオの名前を入力。情報表示ボタンを押したら、連絡先の電話番号が出てきて、女房ともども驚嘆する。な、なんて便利なんだ。

地図情報だけじゃなくて、電話帳機能やら渋滞情報通知機能やら、色んな機能が盛り込まれたカーナビ。車の中にいるだけで、色んなことが分かっちゃう。便利な世の中になったもんだねぇ。おじさんが子供の頃に読んだ空想科学小説の世界だよ。娘は早速、カーナビに、「カーくん」という名前をつけて、「カーくんはえらいねぇ!」と感激しております。

でもこのETCとカーくん、やたらとしゃべるんだよね。車に乗ってエンジンをかけると、「カードが挿入されました」「今日はx月x日x曜日です」。目的地を設定すれば、「実際の交通規制に従ってください」「あとxxメートルで右車線です」「あとxxメートルでxx交差点を左方向です」「料金は600円です」「あとxxメートルで工事のため車線規制があります」「あとyyキロ先でガメラが火を噴いてます」「あとy日でテポドンが発射されます」…そんなことは言ってないぞ。

最近、通勤中に、MDプレーヤーで、蔵しっくこんさぁとの曲やその他の曲を聴いているのですが、この時も周囲の音に悩まされる。ポップスと違って、クラシックの場合、ダイナミクスが結構広いですよね。ピアニッシモだと、いくらイヤホンでも全然聴こえない。逆にフォルテッシモだと、音漏れが気になる。イヤホンで聞いている音を掻き消すのは、電車の音じゃなかったりする。アナウンスや発車ベルの音の方がよっぽどうるさい。「xxホーム、本八幡行き電車が発車します」「駆け込み乗車はおやめください」「携帯電話の電源をお切りください」「先頭車両は女性専用車です」「カバンは前に抱えてお乗りください」「押し合わず順序よく」「前にならえ」「右向け右」「太りすぎに注意しましょう」大きなお世話だ。いや、そんなことは言ってないか。私の使っているイヤホンが古くて、耳に合ってない、というのも一因なのだけど、そこまでデカイ音量で事細かに指示しなくったっていいじゃないのさ!

先日中国に行った時、中央に巨大な吹き抜けのあるショッピングモールに食事に行きました。吹き抜けを取り囲むようにしてエスカレーターがあり、エスカレーターと吹き抜けの間には、何の囲いもありません。上層階へ上っていくエスカレータの手すりから下を覗けば、そのまままっすぐ1階の床です。危ないといえば危ないのだけど、例えばそういう構造物で事故が起こったとしても、おそらく、建物を作った人や、ショッピングモールの経営者が、「安全を無視した建築を作ったからだ」と責められることはないんじゃないかな、と思う。「落っこちた人の不注意だよね」で終わっちゃうんじゃないかしら。

日本は、そういう部分で、強烈に「甘えの構造」が存在している気がします。庶民はものすごく愚かで、ものすごく不注意で、ものすごく弱いもの。だから、様々なサービスを提供する側が、懇切丁寧に、安全に生きる方法を指示してあげないといけない。そこで事故が起きれば、それは当事者の不注意ではなくて、サービスを提供する側が「安全管理を怠った」せいなんですね。過保護の構造。

その結果が、過剰なまでの車内アナウンスや駅構内のアナウンス。ひたすら喋りまくるカーナビ。確かに便利だし、とっても親切でありがたいんだけど、もう少し静かに生きていくことはできないのかしら、なんて思います。会社の近くの水道橋の駅前では、昼間の間中ずっと、大音量で、「千代田区では路上の歩きタバコは禁止です。快適な環境を守りましょう」というアナウンスが、かしましいBGMと共に流れています。この大音量の公共放送は、快適な環境を損なっていないのかよ。

昔読んだP.K.ディックの短編で、常に流れ続けるコマーシャルの洪水に嫌気がさした男が、宇宙で事故に合い、死を前にしてやっと完全な沈黙に包まれた、と思ったら、宇宙船のスミにいたロボットが、いきなりエンドレスでCMナレーションをしゃべりだして止まらなくなる、というブラックな短編がありました。あれはCMだったけど、日本では、「公共」「公益」という隠れ蓑を着ている騒音だから、余計にたちが悪いよね。

そうしてエンドレスでしゃべり続けるカーナビに導かれて、なんとか家にたどりついてみると、親切なカーくんは、「お疲れ様でした」なんて言ってくれます。便利を与えてくれているんだもの、不平を言うなんて逆の贅沢だよね。カーくんもお疲れ様、と、エンジンを切って降りようとすると、ピーっとけたたましい警告音と共に、「ETCカードが挿入されたままです」…本当に、ご丁寧に、どうも…