「ダ・ヴィンチ・コード」〜多様性に対する非寛容〜

ずっと読みたかったけど、単行本を買うのはなぁ…と手が出なかった「ダ・ヴィンチ・コード」。映画公開に合わせて文庫化されたということで、先週末にやっと購入。読み始めたら案の定止まらず、夜中までかかって読了。いや、面白かったっすよ。実に。

あんまり色々と本の仕掛けをここに書いてしまうとネタバレになってしまうので、ちょっとだけしか述べませんけど、もともと、この手の、キリスト教における異端の歴史や、秘密結社の歴史とか、オカルト図像学とかには興味があるんです。その上、美術にもそれなりに興味があるものだから、「モナ・リザ」の画像に秘められた秘密、とか、「最後の晩餐」図に隠された謎、なんて話を聞かされると、それだけでわくわくしてきてしまう。さらにこの本は、全体がいわゆる「暗号解き」ミステリーになっていて、そのわくわく感もある上に、登場人物が実に魅力的に描かれている。これは確かに、ベストセラーになるべくしてなった本…という気がしました。感動する、という本じゃないけど、とにかく面白いエンターテイメント。最近読んだ本の中ではピカイチに面白かった。映画はどうだろうなぁ。すごく映画にしにくい作品だと思うけど、ロン・ハワードですよね?トム・ハンクスですよね?どうなることやら…

異端の教えを取り込みながら、政治的な妥協の産物として生み出された現在のキリスト教の教義が、もともとのキリストの教えを捻じ曲げてしまったのだ、というこの本の主張には説得力があるし、そのもともとのキリストの教えを守るべく脈々と生き残ってきた、として描写される「秘密結社」も、リアリティと存在感がある…というより、実際に実在した秘密結社だから、当たり前なんですが。もちろん、この本に書かれたことを全部、「事実」として鵜呑みにするのはとてもアブナイ行為で、全編よく出来た「フィクション」として楽しんだほうがいい。でも、ダ・ヴィンチの絵に散りばめられた意味ありげな象徴を見ていると、その「フィクション」が確かなリアリズムを持って迫ってくる。ダ・ヴィンチの色んな絵に込められた象徴の意味や謎についての本とか、読みたくなったなぁ。

宗教というものは、必ず対立と迫害の歴史を持ちますよね。宗教の歴史が古く、あるいは世界に対する影響力が大きいほど、異端と迫害の歴史は重く、暗く、長い。他者に対する寛容を説かない宗教はないのに、なぜ全ての宗教が異端を攻撃し、迫害するのか。他の宗教を排撃しようとするのか。でも、実はこの手の「宗教的対立」というのは、完全な異教徒同士の間で起こるものよりも、同じ根源の宗教の宗派間での闘争の方が激しいんだ、と聞いたことがあります。同じキリスト教でも、カトリックプロテスタントの間の葛藤は現代まで続いているし、日本の仏教の宗派間闘争というのも実に厳しいものがあった。そういう「同根」の宗派同士の争いを描くことは、宗教の持つ「非寛容さ」をあぶりだすには、最適なんでしょうね。

キリスト教という、現代社会に大きな影響力を持っている宗教が本来持っていた多様性と、それを画一化しようとする教会に対するアンチテーゼとしての本…として成り立っているのがこの本なのですが、ちょっと深読みをしてみることも可能。つまり、この本に描かれた「カトリック教会」を、グローバリゼーションという名目の下に、世界の画一化を進めようとする「アメリカ資本主義=カトリック的倫理社会」と読み替えることはできないか。画一化を進めようとして、各地から反発や抵抗を受けているアメリカ資本主義に対して、多様性を許容することでしか、世界の平和を維持することはできないのだ、という主張が、この本の中に込められた、もう一つの「暗号」なのだ、というのは…あまりにうがった読み方かしらん。

でも、この「多様性を許容すること」の象徴として解明される謎が、「女性」という、豊穣と抱擁と寛容の象徴である、というラストシーンを見ると、上記のようなうがった深読みもアリかな、なんて気もしてくるんです。そういう意味でも、極めて現代的なベストセラーと言っていいのかもしれません。