クサイ中年オヤジ

今日はちょっと生理的に不愉快な話になっちゃうかもしれません、と前置きをして、「匂い」の話です。前もって、すみません。

「匂い」というと、なんかいい感じもするけど、「臭い」というとこれは結構やな感じ。で、この「臭い」という単語、なんだか、「中年オヤジ」という単語との距離が極めて近い気がする。イメージだけじゃなくて、例えば満員電車における体臭のきつい中年オヤジってのは、これは一種の公害であると断じてもいい。通勤電車で「女性専用車両」ができたんだから、「口臭のきつい方専用車両」ってのはできないかね。できないよね。できたとしたら、その車両の中って、ほんとにすげぇことになるだろうなぁ。想像したくないなぁ。

昔、まだ学生時代に、冬の通勤スシ詰め電車に乗り合わせた時のこと。扉に張り付くようにして立っていた制服姿の小学生の女の子が、後ろに立っている中年オヤジをものすごく不愉快そうに見上げて、露に曇ったガラス窓に、「くちがくさい くちがくさい」と、小さな指で何度も書いていました。同情するよりなんとなく笑っちゃう光景だったけど、本人にとっては相当つらい状況なんだ。満員電車ってのは逃げ道がないですからねぇ。特に小さな小学生なんか、人の壁を掻き分けて逃げる、なんてこともできないし。

なんで中年オヤジってのは臭うんですかね。このあたりの生理的な仕組みってのはよく分からないんだが。汗をかく機会なんてのは、若い人の方が多い気もするんだが、若い人の体臭ってのはあんまり話題にならんよなぁ。やはり年をとってくると、分泌物が変化してくるんですかね。中年の体臭、とりわけ、女性のように香水とかでごまかすことがあまりないオヤジの体臭ってのは、確かに相当キツイものがある。つけすぎのポマード。タバコのヤニの臭い。本人は気づかない口臭その他の体臭。大体が、中年オヤジの周りにまとわりついているイメージがありますよね。

と、他人事のように言ってます。つい最近まで、そういう「クサイオヤジ」ってのは、自分にとってはまったくの他人事だったんです。「オヤジ、臭うんだよ!」と娘に吐き棄てられるように言われるオヤジ、なんてのは、ほんとにTVや映画だけの世界の話だったはずなんだけど、だんだん他人事じゃなくなってきた。「クサイ中年オヤジ」の領域に、自分もどんどん入り込みつつあります。先日も、会社の飲み会があって、帰宅した途端、娘が、「パパくさーい!」と顔をしかめて逃げ出した。これは相当ショックだった。幸い、私の体臭っていうよりも、飲み会の席で両脇に座ったのがヘビースモーカーだったのが主因だったらしい。タバコの臭いが服に染み付いてたのがきつくて逃げ出した、というのが真相。ちょっとほっとしたけれど、後で述べるように、油断は禁物。

匂い、と書くと、これはかなり優美な世界に入っていく。同じ満員電車でも、女子高生の髪のシャンプーの匂いとかに「萌え」てる中年オヤジは結構いると思う。オレは「萌え」るぞ。ま、それはいいとして、この「匂い」も、あんまりきつい香水の香りとかだと、ちょっと「臭い」に近くなることがある。会社でも、オーデコロンの「匂い」のきつい同僚がいて、エレベーターホールにただよう甘い匂いに、「あ、彼かな?」と思ったら、向こうからその人が歩いてきたりする。姿は見えねど匂いで分かる。本人はだんだんマヒしちゃうんだよねぇ。

朝夕の「女性専用車両」ってのも、相当「女の匂い」がこもってるんだろうなぁって想像するんですけど、実際、「女子校」というのは独特の「匂い」がある、といった人がいました。同様で、「男子校」ってのも独特の「若いオス」の匂いがします。私は男子校出身なんですけど、昔、高校の修学旅行でバスで移動したとき、バスガイドのお姉さんが、「バスに乗った途端、なんか男の子の匂いがこもってて、ぎょっと思ったわぁ」と、顔を赤くしていたのを思い出します。若くて可愛いガイドさんでねぇ。男子校育ちの我々は、もうそれだけで浮かれてしまったわけですが。お元気ですかね、宮崎観光バスのガイドさん。何の話だ。

この「匂い」、というのは、TVや映画といったメディアが再現できない情報の最たるものだと思います。でも、この「匂い」という要素が、その場の雰囲気や印象を決定づけたりすることって、ある気がする。日常生活でいえば、海外旅行の時、海外の空港に降り立ったときに感じるあのきつい香水の匂い。海外に来た、と実感する瞬間。香水といえば、百貨店の1階の化粧品売り場に立ち込める甘ったるい香り、というのも、なんだか、百貨店にお買い物に来たぞ、というハレの気分を浮き立たせてくれる。

ライブ、という、その場の空気を作り上げることがもっとも大事な「舞台表現」という芸術において、「匂い」は時に、きわめて意思的に、積極的に使われます。有名なのは、歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」で、判官切腹の場面で香を焚くシーン。先日お手伝いした「カルメン」では、2幕の冒頭でカルメンが燃やしてしまう紙幣の煙の匂いが舞台に立ち込め、カルメンという女の熱さが、まさに「匂い立つ」ような気がしました。ミュージカル「美女と野獣」の、「Be Our Guest」の華やかなレビューシーンのラスト。舞台上で大きな花火がはじけると、客席まで流れる花火の煙の匂いが、なんだか「宴の後」という雰囲気をかもし出してましたっけ。

なんで突然、こんな「クサイ」話をしているか、というと、なんでか知らないけど、この冬、やたらと自分の足の臭いがきつくなってきて、女房や娘にすごく嫌な顔をされるんです。ついにオレも、「クサイ中年オヤジ」の仲間入りだよ。自分で自覚の少ない口臭とかと違って、自分でもほんとにクサイもんだから、靴の中に脱臭作用のある中敷を入れたり、制汗シートで足を拭いたり、制汗スプレー吹き付けたり、と努力したら、ここ数日少しマシになってきた。オ、オレは「クサイ中年オヤジ」にはならんぞ。頑張るぞ。せめて、「臭わない中年オヤジ」でいたいぞ。中年オヤジに変わりはないぞ。