杉浦日向子さん追悼〜「江戸」を教えてくれた人〜

江戸文化に興味があって、いくつかの本を漁ったりしていると、必ずといっていいほどぶつかるのが、杉浦日向子さんというお名前でした。その後、「百物語」「東のエデン」「百日紅」を読む。まさしく、傑作、というにふさわしい素晴らしい作品群。凡百の江戸文化論を蹴散らしてしまうような、本物の江戸が隅々まで描写されたリアリズム。でも、この頃には既に「隠居宣言」されていて、新作はもう望めず、そのことを本当に残念に思っていました。

お江戸でござる」の天然ボケのようなキャラクターで、まさしく自分の目で見てきたように江戸の風物を語る姿もすごかった。ご自分でも、「私の前世は、江戸の若隠居です」と言い切ってらっしゃったっけ。「そばを手繰る」という言葉を当たり前のように口にする粋さ、付け焼刃ではない、体の芯まで染み付いた江戸っ子の魂。

最近TVで拝見することも少なく、「あの若隠居、TVにも飽きて、隠居生活にも飽きて、また新作を書きたくなったりしないかなぁ」などと、心ひそかに期待していましたのに。

46歳、下咽頭(いんとう)がんとのこと。若すぎるなぁ。「百物語」の、人間・人生・そして、怪異に至るまで、「そこに普通にぽんとあるもの」「自分の身近にさりげなくあるもの」として、どこまでも普通に描き出したあの達観した視点。「百日紅」の、生臭ささえ感じる人間臭い北斎親子の存在感と、芸術に賭ける情熱。それをこれまた何気なく、当たり前のように温かく描き出す、あの柔らかな視点。

にこやかな笑顔そのままに、あらゆる存在を、「そうねぇ、そんなこともあるわよねぇ」と、優しく包みこむ懐の深さ。老成した作風ではありましたが、だからといって、早世することはあるまいに。日向子さん、それじゃぁあんまり袖なかろうぜ・・・