ホイリゲと言えば・・・

シュランメルンの舞台を聞きに行って、なんとなく思い出すのは、新婚旅行で行ったウィーンでの出来事。今日は、かすかな記憶をたどりながら、その思い出を書いてみようと思います。

ウィーンに行って、お定まりのコース、とばかりに、シュターツオーパで「リゴレット」を見、フォルクスオーパで「こうもり」を見る。「こうもり」を見に行く前に、フォルクスオーパの北西にある、グリンツィングに市電に乗って行く。シュランメルンの演奏のあるホイリゲに行きたい、と思ったのです。ホイリゲ、というのは、要するに居酒屋です。「こうもり」を見る前に、軽くワインと軽食をひっかけてから行こう、というプランでした。ついでに、シュランメルンの演奏も聴ければ嬉しいし。

リンツィングの街では、うわさどおり、居酒屋がびっしりと軒を連ねている。どのお店がいいのか、よく分からない。観光案内に書いてあったお店は、まだ閉まっている。そうやって見ると、多くの店がまだ閉まっている。時間帯が早すぎたんですね。

日本人の感覚より、欧州の「夜」の感覚は長いんでしょうか。フォルクスオーパで観劇した後に、ホイリゲに繰り出して興奮冷めやらぬままシュランメルンとワインで盛り上がる、というのが、地元の楽しみ方なのかもしれません。いずれにせよ、まだ目覚めていない街の中で、二人して途方にくれてしまいました。どうしよう。

とにかく、軽く腹ごしらえさえできればいい、と割り切って、なんとか開店していたお店を一軒見つける。簡単なサンドイッチのような軽食と、ワインしかないですよ、と言われる。まあしょうがない。シュランメルンの音楽もない。まぁ、しょうがないでしょう。それよりも、店内の雰囲気があんまり素敵だったので、そんなマイナスは全然気にせず、「この店にしよう」と入る。

何が素敵だったって、地元のいい感じの爺さん婆さんの集会所みたいだったんです。結構混雑しているんだけど、来ているのはどう見ても、地元の爺さん婆さん。若い人は働いている時間だったり、都心のもっと洒落た店で食事をしてるのかも。当然のように、我々のような観光客の姿もない。ヒマな爺さん婆さんが、早い時間からワインを酌み交わしてだべっている。いい光景じゃないですか。テーブルの下で犬がうずくまっており、どの人たちもみんな顔見知り、という感じ。当然のように、我々日本人は異物なのですが、向こうは観光客には慣れているのでしょう。早速声をかけてきてくれる。

「Japanese?」
「Yes」

それで終わり。あとはニコニコしている。英語ができないんです。こっちも、ドイツ語はできない。とりあえずニコニコしている。あとは、ほんとにボディー・ランゲージと片言の英語です。向かいに座った爺さんが、おばさんというにはちょっとかわいそうな感じの、お姉さんを連れている。調子よく話しかけてくる。「このワインの方が強いけど、おいしいよ」、と薦められたワインが、なかなかおいしかった。

ホイリゲ」ってのは、もともと「今年の」という意味で、今年収穫された葡萄から作った新しいワインのこと。薦められたワインは、「ホイリゲ」とはちょっと違ったようなのですけど、これも一種の地酒のような感じ。白ワインなんですけど、ちょっとにごってるんですね。酸味が強くて、非常に新鮮な感じがする。このワインですっかり酔っ払った爺さんは、勝手に盛り上がり始めて、「This wine is very nice」と繰り返す。で、「But, this girl is more nice」と、隣に座ったお姉さんの手をとって、その手の甲を「なめた」

手の甲にキスをする、というのなら分かるんだが、ありゃキスじゃない。舌出して、なめた。確かになめた。ううむ。これでよいのか。ドイツ人ってのは日本人に似て生真面目で融通が利かなくて、常に「悩んでいる」人たちだと思ったんだが、この享楽的な感じはなんだ。

あとから、詳しい方に聞けば、「ドイツ人ってのは酒飲んだら人種が変わるからねぇ」とのこと。さらに、先日のシュランメルンの演奏会で、「ウィーンというのはいわゆるMelting Pod(=人種のるつぼ)で、生粋のウィーン人というのは中々いないし、東欧系の人やドイツ系の人が入り混じっている」という話を聞きました。なるほど、と納得。

そのシュランメルンの演奏会で、中島さんがこんな感じのことをおっしゃっていました。「ウィーンの歌というのは、基本的には享楽的なんです。人生を楽しもう。酒と、女と、音楽を楽しもう。でも、不思議と、そのすぐ脇で常に『死』を意識している。ウィーンの歌というのは、1番・2番と楽しく歌って、3番で『死』に言及して、4番でまた『やっぱ楽しくなきゃ!』と盛り上がる、という歌が結構多いんです。」

そんな中島さんのトークを聞きながら、あのホイリゲの、すけべったらしいんだけど、なんとも憎めない、楽しそうな爺さんのことを思い出していました。ウィーン、また行きたいなぁ。