舞台を企画すること

仕事がなかなか順調にいかず、疲弊しています。花粉症とインフルエンザの後遺症が合併したらしく、咳がずっと残っているのも不愉快。春が近づくと体調が崩れますねぇ。

今日は、先日来、女房と色々と、「次何をしようねぇ」なんて話をしながら、考えることが多かった、舞台を企画する、ということについて。

一つの舞台をやろう、ということを考える時、様々なファクターを考えます。やりたいこと、というのはそれこそ無限にありますが、やれること、というのは結構少ないもの。だからといって足をすくませてしまって、何もやらない、というのではつまらない。とはいえ、やりたいから、というだけの理由でどんどん進んでいくのは、中途半端なパフォーマンスをお客様に見せる自己満足に陥りがち。お客様も楽しみ、自分も楽しめるパフォーマンスにする。自分自身が安易なところで妥協するのではなくて、自分自身が挑戦していけるようなパフォーマンスにする。そのあたりの匙加減を考えながら、舞台を企画していくには、とても慎重なアプローチが必要です。

一番大事なのは、やっぱりキャスティングです。キャスティング、というと、役者さんや歌い手さんのことがクローズアップされがちですけど、「会場」、「ピアニスト」、「練習ピアニスト」、「伴奏楽器」など、舞台の真ん中に立っていない人たちの方が、よっぽど重要だったりします。そういうスタッフも含めたキャスティングとスケジュールの目処が立ち、やっと、舞台の企画が具体的に動き始めます。

舞台をやりたい!と言い出すこと、というのは、お客様を含めたそれに関わる人々に、どれだけ幸せな時間を過ごしてもらえるか、ということについて、限りなく考え抜くことなんです。女房と一緒に、「あーでもない、こーでもない」と言い合いながら、舞台を企画していく。その過程で、「例えばこういうのもアリだよねぇ」なんて話が出てきて、それが実現し、かつパフォーマンスの質を上げる、なんてこともよくある。そういう企画段階、というのは、下手に動くと色んな人を傷つけたりすることもあります。慎重に慎重に進めながら、でも、色んなアイデアをぶつけあい、夢を広げていく、とても楽しい時間です。

そして、具体的に動き始めた舞台の中でも、「これをやりたい!」という要望を実現するには、舞台の企画と同じくらいのエネルギーをかけながら検討していく必要があります。例えば、舞台監督の仕事なんかをやっていると、ある出演者が、「この歌の時に、シルクハットをかぶりたい」と言い出す、なんてことはよくあります。演出家や振り付け師が考えて、確かにシルクハットがあってもいいけど、なくても別に困らないなぁ、と思ったとする。こんなとき、舞台監督は色んなことを考えます。

・シルクハットは誰が用意するのか?出演者本人が用意するのか?制作方で用意するのか?
・制作方が用意するならば、衣装部に適当なシルクハットはあるのか?出演者の頭のサイズに合うのか?演出家のテイストに合うのか?
・シルクハットはいつのタイミングで、出演者がかぶるのか。衣装を変えるタイミングはあるのか?

そういうことを考えた挙句に、「じゃあ出来ますね」とか、「申し訳ないけど、無理ですね」という結論が出てきます。舞台監督としては、出演者や演出家の要請を、できる限り実現する方向で、その方法を一生懸命考えるのがお仕事。でも、限られた予算や、限られた舞台の時間の中で、どうしてもできないこと、というのが出てきます。もちろん、ここで、演出家が、「絶対シルクハットが必要だ!」と言い出したら、舞台監督と衣装部で、必死になって必要なシルクハットを用意して、衣装変えの段取りを考えるんですが。

舞台上で、「これをやりたい!」という一言を言う、ということは、それをやることによって発生する全ての段取りを含めて、きちんと責任を取ること。役者として舞台に立つ時でも、「こんな芝居にするのに、こういう小道具とかほしいなぁ」と思ったら、自分でまず調達する。自分でまず、前後の段取りや、他の役者さんに与える影響などを考える。その上で、「できそうだ」と思ってから、「こういうことをやりたいんだけど」と切り出す。やるかどうかの最終決定は、演出家にゆだねる。それが役者として、自分の芝居を磨く上での礼儀だと思います。

一つの舞台を作る、というのは、「やりたいこと」と「やれること」との間のギリギリの折衝。そこではもちろん、妥協も生まれます。でもそういう折衝の中から、思わぬアイデアが生まれてくることもある。舞台を作る、ということは、「やりたいこと」を全部詰め込むことではなくて、そういう折衝を積み上げていく作業。実はそういう作業こそが、舞台作りの醍醐味だったりするんだよね。