東京国際芸術協会 フレッシュオペラシリーズ

昨夜は、ネット上で偶然見つけた、ミニオペラコンサートを、トリフォニーホールの小ホールに見に行きました。

東京国際芸術協会(TIAA) フレッシュオペラシリーズVol.2

・ドン・パスカーレ抜粋:小柴総江(ノリーナ)・吉野 新(マラテスタ)
・椿姫抜粋:鈴木法子(ヴィオレッタ)・吉野 新(ジェルモン)
・メノッティ「電話」:尾形めぐみ(ルーシー)・白石康祐(ベン)
モーツァルトバスティアンとバスティエンヌ」:
  松嵜美佳(バスティアン)・久保沙貴子(バスティエンヌ)
・指揮:渡辺英憲 /演出:吉野 新 /伴奏:池松玲子、鈴木架哉子/スペシャルアドバイザー:ロバート・ライカ

という布陣でした。

いきなり、むちゃくちゃ厳しいことを言いますけど、まぁ学芸会ですね。ちょっと厳しすぎるか。音楽大学の学内発表会レベルかな。フレッシュオペラ、ということですから、出てくるソリストの皆さんは全員声楽家の卵たち。これからプロとして成長していこう、という方々ですから、これくらい厳しいことを言ってもいいでしょう。冒頭で、アドバイザーのライカーさんが、「観客の忌憚ない感想をぶつけてやってほしい」という趣旨のことをおっしゃっていましたから、忌憚なく言わせてもらいますが。

と、すごくイジワルな言い方をしましたけど、では、3000円のチケット代を返せ!という感想か、というと、全然そんなことはない。色んなところに、キラっと光る宝物がありました。3000円のうち、2000円は、メノッティ「電話」に、1000円は、そういう宝物の発見に。さらに、自分自身の歌唱技術や舞台での振舞い方の勉強に、3000円くらい払ってもいい、ということで、この演奏会、自分にとっては、6000円くらいの価値のある、とても面白い演奏会でした。

多少、なで斬り気味に、「忌憚ない」感想を書かせてもらえれば、ノリーナ役の小柴さん、ちょっとコケットな色気のある演技と、確かな音程とイタリア語さばき。とてもいい歌い手さんだなぁ、と思いました。声帯がちゃんと合っていないような、つねにうがいをしながら歌っているような(ちょっとビブラート過剰なのかな)、ピンと張った感じのしない声がちょっと残念。ヴィオレッタ役の鈴木さん、細い体の割には声量をお持ちですし、きっちり歌ってらっしゃると思いますけど、口が歪み、表情も硬いし、イタリア語に聞こえない。熱情を感じないヴィオレッタ。バスティアン役の松嵜美佳さん。ボーイソプラノのような硬い声は、個性的といえば個性的なのかもしれないけど、音程が悪くてキンキンする。バスティエンヌのきれいな二重唱がちゃんとハモらない。

・・・うひゃあ、なんて偉そうに、なんてひどいことを並べているんだ。「じゃあ自分で歌ってみろ!」って言われたら、全然歌えないんですよ。みなさんきっちり基礎を学ばれていて、各曲はそれぞれすごく重たい難曲ばっかり。それをこれだけ歌いきるだけで、立派なものです。でも、プロの声楽家として、この人の歌を聞くために金を払って、劇場まで足を運ぼう、と思わせるようなレベルではない。

この中で、演出や、全体の指導をなさっていた吉野新さんは、さすがの存在感でした。キャラクターバリトンを目指してらっしゃるのでしょう、ドン・パスカーレのイタリア語のさばき、ジェルモンの高音域のテクニック、舞台での立ち姿、歩き姿など、とても勉強になりました。演出はあんまり誉められたもんじゃなかったけどね。バスティアンとバスティエンヌの演出は、ご当地ネタのスパイス過剰で、曲のシンプルな美しさをかえって損ねていたと思います。

他の歌い手さんで言えば、ベン役の白石康祐さんは、甘いバリトンの声がとても魅力的でした。「電話」というオペラは、ベンはルーシーの引き立て役ではありますけど、この引き立て役が安定した声を響かせてくれていると、ルーシーも輝きますね。もう少し、舞台での立ち居振る舞い、お芝居をしっかり勉強された方がいいと思います。意味のない視線の動きや、意味のない動きが多すぎる。

個人的には、バスティエンヌ役の久保沙貴子さんの歌いっぷりが好きでした。キュートで、かつ安定感のある歌。歌っている時の表情がとても可愛くて魅力的。あれだけの曲をきっちり歌いこなして、それで軸がぶれない。お芝居にもう少し色気が加わると、もっといい歌い手さんになるだろうなぁ、と思いました。

・・・しかし、なんといっても、今回の演奏会で圧倒されたのは、ルーシー役の尾形めぐみさんでした。メノッティの「電話」というオペラは、以前から自分も「一度やりたいなぁ」と思っており、一度見てみたいと思っていたのです。今回、3000円で「電話」が聞ける、しかも日本語上演、ということで、これは行かねば、と思ったのですが、本当に期待以上のルーシー。

扉を開けて入ってきた瞬間から、もう存在感、立ち居振る舞いが違うのです。失礼かもしれないけど、他の方々とは全然違う求心力。椅子に座って雑誌を読んでいる姿から、とても絵になっている。しかも、歌いっぷりの見事なこと。声も、日本語のさばきも完璧。学内発表会の中で、ここだけが、プロの演じるオペラの舞台、という感じがしました。

曲のせいもあるのかもしれないけど、最後のベンの「結婚しよう」と言う言葉に向かっていく推進力、みたいなのがもっとあった方がいいかなぁ、という気もしました。このルーシーを相手にするには、白石さんのベンは、安定はしていたけど色気がなかったねぇ。もっと丁々発止できるベンだったら、もっと面白い舞台になったかもしれないけど。

最後に、出演者全員で、椿姫の乾杯の歌を歌われたのですが、その時にも、他の方々(吉野さんは別として)が、楽譜にかじりついて、授業中に先生にあてられて、立って教科書を読んでいる小学生みたいな状態になっている中で、尾形さんだけは、曲に合わせて体を揺らしながら、「客に見られている自分」をちゃんと自覚した、パフォーマーとしての自分を保ってらっしゃいました。いい歌い手さん、いい表現者だなぁ、と思いました。先ほど、「電話」に2000円、と書いたけど、そのうちの1800円は尾形さんだなぁ。でも、ルーシーにしては、あのドレスはちょっと違う気がする。それはタキシード姿のベンもそうだったけど。オペラなのか演奏会なのか、よく分からない。もっと普通の女の子の格好をしていても、十分華やかな方だと思ったので、ちょっと残念。

どんな舞台でも、舞台を見ることは勉強になります。新人歌手の発表会、ということで、後援団体はあるものの、客席は半分も埋まっていない。でも、出演者の方々は、一生懸命難曲に挑まれている。自分にかえりみて、これだけのことが自分に出来るのか、出来るようになるにはどうすればいいのか、自分の中の課題をきっちり自覚することのできた、充実した時間をすごさせてもらいました。出演者の方々、一杯失礼な言葉を並べて、不愉快になられたら申し訳ありません。こういう活動は、続けていってこそ意味があると思います。今後も、いい舞台を作っていってくださいね。