音楽をやる、ということ

昨夜、女房と、「何のために音楽をやるのか」という話をしていました。私は何のために歌をやっているのか?結構ヘビーな話だなぁ、と思って、考え込んでしまった。

いくらやっても上手く歌えない原因はいくつかあります。そもそも運動神経が悪いので、体がフォームを記憶してくれない、というのが一番大きい要因。レッスンに行って1時間以上、あーでもないこーでもないといじくって、やっといい声が出ても、すぐ体が忘れちゃう。でも、フォームが崩れるのには、もっと別の要因があるのかもしれない。

それが、「何のために音楽をやるのか」ということにつながっている気がするんです。要するに、絶対にこのフォームを覚えて、絶対にこのフォームで頑張るんだ、という意思力というか、そういう意欲を支えている動機が弱いんじゃないか。

具体的な例を挙げてみると、先日、先生のレッスンで、「Caro Mio Ben」を見てもらった時のこと。前半部分はどうにも上手に歌えなかったのだけど、後半部分、盛り上がってきてから以降は、「そんなに悪くないね」と言われる所まで、なんとか仕上げることができました。自分で歌っていても、前半部分よりも、後半部分の方が、気持ちいいんです。でも、その気持ちよさ、というか、心地よさ、というのが、今まで歌を歌ってきた時に感じていた心地よさと違う気がした。

今まで歌を歌ってきた時に、「あー、気持ちいい」と思った瞬間、というのは、どんな瞬間だったか。以前にもこの日記に書いたかもしれないけど、自分の中で鳴っている声の響きの大きさに対する生理的な快感と、もう一つ、「こんなにでかい声で歌える僕って、すごいでしょ」という自己満足があった気がする。

どっちも、いい音楽には決してつながらない「快感」なんです。前者について言えば、自分の中で響く声、というのは、全然外にアピールしてない声。自分ばっかり気持ちよくて、全然お客様が気持ちよくない。それこそ、「空回りする」声なんです。

こういう空回りっていうのは、お芝居の世界でも同様で、自分は「いいぞ、かっこいいぞ」と思っていても、お客様には何も伝わっていなかったりする。自分の中ですごく感情を高めて、ぼろぼろ泣いていても、お客様に「泣いているお芝居」として伝わっていなかったら、何にもならない。どう見えているか、どう見せるか、という部分を十分計算しながら動かないとだめ。

それって、実は、自分自身には、全然楽しくないことかもしれない。お芝居や演技によって、自分自身の感情を開放する快感を感じている段階では、泣いたり笑ったりのお芝居がすごく気持ちいいかもしれないけど、「人に見せる」ということを考え始めた瞬間に、自分自身の感情をただ開放しているだけではダメ。自分が気持ちよくなっているだけではダメ。常に、お客様の目で自分を見る視線が必要になります。

もう一つの「ぼくってすごいでしょ」という自己アピール、というのは、いい方向に行けば、「すごい自分をアピールするための努力」につながってくるのですけど、今までの自分の歌では、この日記で何度も書いている、ただの「気負い」につながっていただけ。全然いい方向に転んでいない。最悪の場合、「オレは歌はヘタで、歌だと目立てないから、多少得意なお芝居で色々やって目立っちゃえ」とか、そういう中途半端な逃げにつながってしまう。

と考えると、はた、と思うのです。自分は何のために音楽をやるのか。

自分の生理的快感を追うのも間違い。「オレがオレが」と自己アピールするのも間違い。自分を客観的に分析し、自己主張を押さえ、ただひたすらに音楽をお客様に伝える媒体として機能する。それが理想的な演奏者であるとすれば、自分自身の「快感」というのはどこにあるのか。自分は何が気持ちよくて、音楽をやるのか。

とすると、やっぱり、その音楽がどれだけ好きか、ということに尽きてくる。その音楽がすごく好きで、この音楽を、こういう風に料理してみたら、こんなに面白い音楽になった、それを是非聞いて下さい、という姿勢。自分の好きな音楽を、自分の好きなように料理して、お客様に伝えるために、自分の表現力を磨く。自分をアピールするために音楽を使うんじゃない、自分の好きな音楽に対する自分の思いを、お客様に伝えるために、表現を磨くんだ。それは結果的に、自分の思いをお客様に伝える、自己アピールにつながるかもしれない。でも、最初にあるのは音楽なんだ。自分じゃない。

「Caro Mio Ben」を歌っていて、歌い終わった時に何よりもまず思ったのは、「ああ、いい曲だなぁ」という思いでした。今までに自分でちょっと練習したりしたことのあった歌でしたけど、きちんとレッスンを受け、きちんと計算して発声し、表現していくにつれて、曲の魅力がどんどん増してきた。もっとこうしてみたい、もっとこう歌えれば、もっと素敵な曲に聴こえるのに、という欲求。それは今まで、自分が音楽をやっている中で、あまりきっちり自覚していなかった快感のような気がしました。

20年以上歌を歌っているのに、今になってやっとそんなことを考えています。考えるうちに、かなり自信がなくなってくる。オレはそこまで、音楽が好きなんだろうか。ヘンな話、自分よりも?これから歌をやっていく上で、こういう問いかけを、自分に対して常に重ねていく必要があるのかもしれないなぁ。