千流螺旋組公演 「灰神楽」〜ユートピアとしての戦時下〜

昔、声優教室で一緒に勉強していた橋本聡子さんが出演される、ということで、見に行ってきました。千流螺旋組の「灰神楽」。とてもまっすぐで、背筋がぴんと伸びるような、いいお芝居で、本当に満ち足りた気分になりました。

作・演出   伊比庸晋

出演:
大島義信(劇団「空」):長崎 志四夫
飯田千賀:千羽ヤヤ
後藤秀義:大塚隆之介
松村千絵(ビックワンウェスト㈱):巣雅モト子
あべあゆみ:高田シホ
門間まどか(演劇group安心宣言):本町タカ
小篠洋幸:日ノ出旭男
橋本聡子(at!Old rock) :千川マサエ
堀内登子:谷端メイコ
早瀬あおい:根津山カナメ
北原佳代子:高松サキ
山田基之:弦巻

という布陣でした。

劇場は、シアターサンモールのすぐそばにある、サンモール・スタジオ。パイプ椅子を10個横にならべるといっぱいになるくらいの間口で、客席は40〜50席くらい。客席と同じくらいの広さの舞台で、いわゆる小劇場ですね。小劇場演劇を見に行くのはほんとに久しぶりで、劇場に入った時から、もうわくわく。

お芝居は、昭和初期から戦時下の池袋に集った芸術家の卵たちの生活を描いたもの。シュールなわけでもなく、自己満足なわけでもなく、非常に真面目でまっすぐな台本。状況設定からして既に感動的。お芝居が終わってから、冒頭の場面を思い出して、ぐっと胸にくるような、本当にいいお芝居でした。

役者さんもよかった。それぞれのキャラクターがとても立っていて、群像劇としてもすごく面白い。特に、主役の千羽ヤヤさんを演じられた飯田千賀さんの、柔らかくも凛とした美しさには見とれました。すごく悲しい時に見せる、菩薩のような笑顔が感動的だったなぁ。

ちょっと弱いかなぁ、と思ったのは、主役の志四夫の描き方です。もっと天才肌の、ちょっと狂気じみたキャラクターになっていれば、ヤヤやサキがあれだけ惹かれてしまうことが納得できた気もするのですが、ちょっと気の弱い青年、という感じ以上の印象がなかったんだよね。サキ役の北原佳代子さんもとても美しい方だったので、こんな美人が寄ってたかって惚れちゃう男にしては、普通だなぁ、と思っちゃった。大島さんはとてもいい男だと思ったんですが。

お目当ての橋本聡子さんは、以前、加藤健一事務所の卒業公演で見せた、毅然とした美人優等生のイメージから、がらりと変わったコメディエンヌの側面を見せてくれて、これも面白かったです。やっぱり基礎をきちんと勉強されているから、演技の幅が広いんですね。ノドを傷めちゃったみたいですけど、大事にしてくださいね。

お芝居を通してずっと感じた違和感がありました。それは、お芝居の中で、昭和初期から戦時下の人々の「言葉」が使われていない、という違和感です。セリフが全て、現代語なんですね。「ありえねぇ」とか。でもそれは、恐らく、若い役者の身についていない当時の言葉を必死につづるよりも、現代の生の言葉を使った方が、観客にも役者にも感情がきちんと伝達できる、ということで選択された手段だったのかな、と思いながら見ていました。

でも、演劇における言葉、というのはやっぱりすごく大事で、衣装や舞台美術が、シンプルながら、その時代をイメージさせる力のあるものだったのに比べて、現代語の上滑りな感じが、どうもマッチしないなぁ、という気分が抜けませんでした。以前書いたように、この国では、時代劇は勿論、昭和初期の日本を描くことも、難しくなってきているのかもしれません。

それと同時に、ある意味傷ましい思いになってしまったのは、この戦時下の芸術家たちの生活が、一種のユートピアとして描かれているように思えたこと。でも、それって、私個人の意識にも非常にすっきりくるんです。明日突然訪れるかもしれない死。定常的な貧しさ。それでも保ちつづける高い理想。そんな中で育まれる、密な仲間意識、一体感。

全て、我々の時代には失われてしまったもの。戦争という悲惨な時代を経て、二度とあんな悲惨な時代を産むまいとし、先達が必死に作り上げてきた現代が、当時をユートピアとして回顧する、というのはどういうことなんだろう。我々の世代から、さらに若い世代の人々は、ひょっとしたら、既に「昔はよかったなぁ」という老人の繰言を世代を超えて表現し始めているのかもしれない。過去を回顧することで、現代に対する絶望が語られているような、そんな傷ましさを、お芝居の途中から感じてしまいました。

ヤヤがずっと首にかけている破れたキャンバス。それは失われてしまった夢であり、過去。最後のシーンで、ヤヤはそのキャンバスに描かれた夢・過去そのものになり、舞台全体がキャンバスの中に収まるような感覚で、お芝居は終わるのです。それを見つめている現代の自分たちの傷ましさに比べて、キャンバスの中のヤヤと志四夫の幸福そうな姿はどうだ。キャンバスに描かれた過去を見つめることで、我々自身の貧しさを突きつけられるような、実に真摯なお芝居でした。

観劇後、花園通り沿いで、以前から名前だけは知っていて、ずっと行きたかった、へぎそばの「昆」というお店を見つけて、迷わず入る。炙り〆サバが無茶苦茶美味しかった。本当に幸せな気分で、帰宅の途につきました。「灰神楽」に関わった全ての役者さん、スタッフさん、そして何より、お誘いくださった橋本さん、本当にいい時間を、ありがとうございました。