理想的な直前練習

一つの公演を作り上げていくには相当のエネルギーと時間が必要になります。公演の大きさを測る尺度として、よく予算規模が使われますが、公演のよしあしを決める要素として、予算というのはそんなに大きな要素ではない、と思います。緊張感の高い、密度の高い、エネルギー値の高い練習を、どれだけの時間重ねていくか、というのが、公演の成否を決める最大の要素でしょう。

逆に、アマチュア演奏家の我々では、オカネに頼ってクオリティを上げる、というアプローチには限界があります。なので、プロの演奏会に負けない感動を観客に与えるには、エネルギーと時間、という手段で精一杯演奏を磨き上げるしかない。

そんな風にして、限られた練習時間の密度を上げていくわけですが、本番が間近になってくると、ある練習で、突然一気にクオリティが上がる瞬間があります。今までもやもやとしていたものが、急にすっきりとする。ポイントが明確になる。どこかで、「こうじゃないんだけど、どうすればいいのかなぁ」と思っていたものが、「こうなんだ!」「こうすればいいんだ!」と得心する瞬間。そういう瞬間が多い練習は、まさに興奮の連続です。長編小説のラスト近くで、数々の謎や伏線が次々に解きほぐされていくような。興奮がさらに次のエネルギーを生み、そのエネルギーが、できないと思っていたことを突然可能にする。そしてまた、新たな興奮が生まれる。舞台を作っていく過程で、時々訪れる、至福の時間。

昨日の練習では、まさに、そんな興奮に満ちた時間を過ごすことができました。練習場に何かが降りてきたような、そんな瞬間が何度も訪れる。公演直前の最後の練習としては、理想的な練習時間が過ごせたと思います。

まず、一昨日の公開GPがよかった。ガレリア座の団員を中心とした、20名近いギャラリーがご来場。GP終了後、車座になって、皆さんからの「ダメ出し」の時間を設けたのですが、これがよかった。やはり、お客様の目に勝る批評はないわけですが、その中でも、舞台の作り手としての目を持った仲間たちのコメントは、一つ一つが本当に鋭く、舞台の問題点・課題を的確に指摘してくれる。ガレリア座音楽監督のN氏は、終演後いきなり全ての楽曲の楽譜をチェックし、1曲1曲に詳細なダメ出しを出してくれました。また、ガレリア座きっての酔っ払いであるK氏が、飲み会の席で、怪しい呂律で言ってくれた短いコメントも、実に鋭く問題点を指摘してくれました。これで、「残りの練習で何をつぶしていけばいいか」というポイントが非常に明確になった。他の方々のコメントも実に参考になりました。最高の観客さん達だったと思います。ご来場くださった皆様、本当にありがとうございました。

昨日の練習では、そのGPの録音を聞きながら、指摘された課題をどうクリアするか、一つ一つ確認しながらつぶしていきました。曲のダイナミクスの再確認。視線の置き場所。キャラクターの確認。そうやっていくうちに、霧が晴れるように楽曲の構造が明確になってくる。

そして、ガレリア座の誇る天才振付師のF女史の登場で、練習はクライマックスに。まずは、T君の歌うリゴレットの「女心の歌」の演出見直し。演出付けによって、マントヴァのキャラクターが極めてクリアになると、不思議なことに、今まで一度も成功しなかったハイBが突然きれいに出た。まさに、「流れ出る」ように。私の課題としては、今まで置いていた視線の場所をもっと高く意識することで、歌のポジションが変わった気がします。今までどうしてもしっくり来なかった、「ウィーン気質」のワルツのステップも、F女史が少し手を加えただけで、驚くほど流麗なステップになり、そのステップが整理されると、不思議と、直前の歌の息もぴったり合ってくる。

色んな歯車が見事に噛み合っていく、実に充実した時間。こういう練習時間を過ごせた、というだけで、この企画を立てて本当によかった、と思いました。

もちろん、昨日だけで全てがクリアになったわけではない。課題が明確になっただけ。また、課題をクリアするとこんなに素敵になるんだ、という姿が垣間見えただけ。これを自分の中に落とし込み、本番会場で、きっちり再現できるようにする必要があります。あと一週間(って、一週間ないじゃん)で本番!精一杯最後の悪あがきをしたいと思います。