宇多田ヒカルの新曲と、BABYMETALと、日本語歌唱

またBABYMETALのこと書くんかお前、前にもう書かないって言ったじゃねえか、という声が聞こえますが、今回はそんなに書きません。書くかもしれん。昨日TOKYO DOMEの録画ビューイング行って盛り上がりまくってちょっと脳みそ飛んでいるので、自分をコントロールできる自信はない。でも書きたいことの中心は、どっちかというと宇多田ヒカルさんと、日本語歌唱のこと。

宇多田ヒカルさんの新譜「fantome」が全米ランキングで6位に入った、というのがニュースになりましたね。それがどれほどすごいことか、というのをネットで論評している人がいて、その内容が、BABYMETALが全米39位にランクインした時とほとんど同文で、これコピペじゃないか、と思うほど。曰く、
 
・全米で上位ランクインに入ったアーティストは坂本九さんの14位が最高。
・色んな歌い手が挑戦してきたけど、どの人も上位に入れなかった。
・最大の要因は言語である。米国人は、英語、それも、ネイティブ英語の歌しか受け入れない。何を歌っているか分からない日本語の歌は売れない。外国人なまりの英語も受け入れられない。
宇多田ヒカルも、英語中心のアルバムで一度挑戦したが敗退、今回は日本語中心のアルバムで上位ランクイン。
 
この論評の中で、今回フォーカスしたいのが、「日本語で受けた」という部分。BABYMETALが英米で成功した時に、マーティ・フリードマンさんが、「日本語がいいんだよ。ちょっと神秘的な雰囲気が出て」みたいなことを言っていて、それもその通りかも、と思うのだけど、別の要素もある気がする。つまり、JPOPの歌い手が最も美しく自分の声を響かせることができる言語が、日本語である、という要因って、あるんじゃないかな、と。

BABYMETALのSU-METALさんの貫通力のあるヴォーカルが、彼女のパワフルな鼻腔共鳴にあることを指摘している人は既にいるのだけど(実際、昨日の録画ビューイングでも、激しいドラムの音とSUさんの声しか聞こえてこない場面があって、この人の声は化け物だと思った)、でも、この鼻腔共鳴、というのは、英語などの欧米の言語を歌う時にはちょっと邪魔になったりする。イタリア語の歌唱指導を受けている時に、「君の『イ』の母音は鼻に抜けるね」とか、「今の声はナザーレ(鼻声)になってて美しくない」とよく言われる。

フランス語とかは鼻母音が頻発するから、鼻腔共鳴を当然使うのだけど、欧米人の頭骨の構造を反映しているのか、共鳴している鼻腔の位置がもっと前後に長い感覚がある。軟口蓋の上の主鼻腔から鼻梁にある副鼻腔まで、広い共鳴腔が鳴っているのが、フランス語の鼻母音のように思う。それに比べると、日本語歌唱、特に演歌歌手やJPOPの歌い手がよく使う鼻腔共鳴は、顔面の前面の方にある鼻腔を硬めに響かせる傾向がある気がする。

それはもちろんよく響く綺麗な声になるのだけど、欧米的な感覚だと、ちょっと硬質で尖った響きに聞こえる。昔、ある米国人に、「日本人が喋っている日本語って、どう聞こえるの?」と聞いたら、「鳥のさえずりみたいに聞こえる」と言われたことがあって、そういうちょっと甲高い尖った響きが印象されているのかな、と思ったことがあります。逆に言えば、日本語歌唱と顔の前面の鼻腔共鳴とは、割と相性がいいのじゃないかな。

SU-METALさんの歌う「THE ONE」という歌の英語歌詞で、「Let Me Know」という歌詞の「Know」を高音で伸ばす部分があって、ああ、欧米の歌手はこういう響きでは歌わないよな、と思う。とても綺麗にマイクに乗る伸びやかな声なのだけど、欧米的に言えば、「鼻声」というか、「日本人の英語」に聞こえちゃうんだろうな、と。綺麗に聞こえることと、綺麗な英語に聞こえることが一致しない。この違和感が、「日本語の方がいい」とマーティンさんに言わせる要因の一つなのかもしれない。

日本人が英語で歌ったアルバムが、全米チャートで上位に入れなかったのは、日本人歌手の歌唱テクニックが英語歌唱に合わなかった、というのが要因の一つなのじゃないか、と。英語をきれいにマイクに乗せるのと、日本語をきれいにマイクに乗せるのには、技術的に大きなギアチェンジが必要なんじゃないかな。例え宇多田ヒカルさんが、英語がネイティブで話せる人だったとしても、それをマイクでしっかり乗せる英語歌唱にまで昇華するには、もう一つ超えないといけない壁があったのかもしれない。もともとの宇多田さんの声の魅力と、彼女の歌唱テクニックが100%発揮できる言語は、やっぱり日本語だったのではないかと。

しっかり検証しているわけでもなんでもなくて、かなり個人的な感想に近い話なんだけど、様々な言語と日々格闘しているオペラ歌手さんたちの話を聞いたりしていると、「自分の歌唱テクニックにしっくりくる言語、そうじゃない言語」というのは明確にあるみたい。イタリア歌唱のスペシャリストの方とか、「英語は本当に歌いにくい」っておっしゃるし、英語歌唱が得意な方が、「ドイツ語は歌えない」とぶつぶつおっしゃっていたり。そういう私も、最近英語の歌を練習しているんだけど、これがものすごく難しい。多少馴染みのある言語だけに、余計に、子音のさばき方とかに長年の喋り癖がついていて、綺麗に響かない。英語歌唱のスペシャリストの女房に、「君のloveはloveに聞こえない」と怒られたり。

「米国で売るためには英語で勝負しないと」という、BABYMETALが壊した先入観が、宇多田さんの新譜の全米6位、という結果で、完全に破壊された気がしてます。日本人が日本語で勝負しても、その楽曲と声の色が魅力的なら、受け入れられる。その歌い手さんが自分の魅力を最大限に発揮できる言語で勝負した楽曲なら、どんな国境も越えられる。日本語の歌だから、日本の市場でしか売れない、と思っていたら、それは違うかもしれないよ、ということ。

それにしても宇多田さんの声って、ちらっと聴いただけで泣けちゃう。こんな奇跡のような声を持っている人がいるんだよねぇ。椎名林檎さんとの「二時間だけのバカンス」のミュージックビデオがかっこよすぎてマジ震えてます。