才能って残酷

音楽の世界で、生まれついての才能、みたいな話をする時に、音感の鋭敏さに代表される、聴力の話がよく出てくると思います。それは確かに「音楽の才能」の大きな部分を占めるもので、私には聞こえないものがしっかり聞こえている人に出会うたびに、その人の耳が捉える豊饒な音の世界を、オレは一生知ることはないんだなぁ、としみじみ思う。音に含まれる倍音、音色の違い、複数の音が鳴り響いている中の個々の音の粒立ち、その響きの微妙な調整などなど。指揮者や指導者に求められるのは、まずなによりも、耳のよさ、で、それはいくら子供の頃からしっかり訓練したとしても手に入らなかったりする。子供の頃の充実した訓練で絶対音感を身に着けている人でも、音楽的に耳がいいとは限らない。そういう実例を見るたびに、耳って生まれながらの才能なんだなぁ、としみじみ思う。

一方で、スポーツなどと同じように、声帯を中心とした筋肉の全体運動である、歌、という身体的表現には、「生まれついてのアスリート」という言葉と同じような意味合いで、「生まれついての歌い手」という存在が確実にいる。その場合には二つの意味があって、生まれた時から持っている身体的な楽器がすぐれている、という意味合いと、幼い時点で「歌のための筋肉の使い方」を体得してしまった人、という、二種類の「生まれつきの歌手」がいる。

すごく分かりやすい例でよく言われるのが美空ひばりさんで、デビューしたばかりの12歳の時には、既にあの声と歌い方を体得してしまっていて、それが亡くなるまでほとんど変化していない。12歳で「歌」のための身体とそのコントロールを体得してしまっている。あそこまで奇跡的な例は別としても、自分の身近にも同じような例は結構あって、自転車に乗るようにすんなりと、中学生くらいからベルカントの発声を身につけてしまった人に出会うことが結構ある。

一方で、いつまでたっても歌のための筋肉や神経の使い方が分からない、どこのスイッチをどう入れたら歌うための身体の動きになるのかが分からない、という悲しい人もいる。そうです、私のことです。親からもらった声帯自体は「いい楽器だねぇ」と言われるのだけど、それを歌として鳴らすことができない。どうやっても歌のフレーズ感が作れない。そういう能力って、努力で埋まる部分と埋まらない部分があると思うんだね。動くべき筋肉につながる神経がどうしても機能しない人と、すぐにスイッチが入る人と。

なんでこんな話をしているかっていうと、実は最近急にハマってしまった歌い手さんがいて、BABYMETALのSU-METALさんこと、中元すず香さん。BABYMETALってのが海外ですごく注目されている、っていうんで、どんなのだろう、とYouTubeでちらっと見てみて、このSU-METALさんの歌声にやられてしまった。AKB系列の甲高い頭声アイドル歌唱とは比べ物にならない、パンチの利いたパワフルな声。全盛期の渡辺美里のパワーに、いきものがかりの吉岡さんの伸びやかさと爽やかさ、そこにさらに演歌歌手の艶っぽさ、色っぽさまで加えたような深みと安定感のある歌唱。

なんじゃこの高校生、と思ったら、Youtubeに、彼女が9歳の時のステージ映像が出ていて、やっぱ天才っているんだなぁ、としみじみ。歌唱技術、という意味では今の方がはるかに上手になっているんだけど、9歳ですでに歌のフレーズ感や体の使い方が出来上がっている。そして何よりこの人は、日本語の歌詞をとてもきれいに歌ってくれるので、日本語なのに何を言っているのか分からない最近のJPoPについていけないオジサンにも、言葉がはっきり伝わってくる。Road of Resistanceとか、この人の声じゃないとできない表現。バックミュージシャンの確かな演奏技術やプロデューサーの本格的なMETAL愛が語られることも多いけど、このグループの最大の魅力の一つは、間違いなくこの人の歌声で、ネットとか見ててもこの人の歌に圧倒されてファンになった人がすごく多いらしい。

METAL、というサブカルと、Japaneseアイドルというサブカルが融合して世界的に注目されてしまうところが、さすが、「お母さんが子供に見せたくないもの」が多いCool Japanならではの現象だとは思う。でも、激しいアイドル競争の中で頭角を現すだけの才能のある人ってのは、何かしら生まれながらに持っているものがあるし、そういうガチンコの競争で生き抜いてきた本物の才能やパワーが、SU-METALさんの歌唱だけじゃなくて、YUIMETALさんやMOAMETALさんのキレッキレのダンスやパフォーマンスを支えていて、そういう本物のパワーが海外の人にも伝わるんでしょうね。自分と同じ年頃の歌い手さんにハマりかけている父親を白い目で見ている娘を気にしつつも、BABYMETALのDVDとか入手したくなってきている自分が怖い。このままライブとかに通いだしたらどうしよう。どうでもいいけど、SU-METALさんは、あと10年くらいしたら演歌とかにもチャレンジして、第二の坂本冬美さんみたいになってくれないかなぁ。絶対なれると思うんだけど。