「メリー・ポピンズ」「セビリアの理髪師」

ばたばたしているうちに日記の更新も滞りがちになっていますが、元気にやっています。女房と娘は先日アメリカに無事戻り、NJでの生活を再開。私は日本で、逆単身生活をしながら、アメリカから女房と娘が戻ってくる日に備えて、家の中をいろいろ整理しています。ガレリア座の活動も再開し、来週からは麗鳴さんにも久しぶりに顔を出そうかな、という感じ。来年以降、生活が多少安定してきたら、GAGプロデュースの舞台活動も再開したいな、と思っています。すでにいくつか企画案が上がっていて、GAG(ガレリア・アクターズ・ギルド)の名前からかなり外れた歌中心の企画もあったりするので、具体化してきたらまたお知らせしたいと思います。

さて、今日は、10月の日米間の行ったり来たりの間に、見納めとばかりに見たNYの舞台の感想を。
 
メリー・ポピンズ

ベストミュージカル賞を取った舞台、ということで、帰国前に一度見たかったのですが、なんとか家族で時間を取ることができました。期待にたがわぬ素晴らしい舞台。このミュージカルが上演されているアムステルダムシアター、というのは、ブロードウェイに現存する最古の劇場だそうで、内装や装飾、劇場の作りはとても重厚。でも壁飾りの鷲の彫刻とか、ちょっとアニメのキャラクターっぽいお茶目な表情をしているところが、なんともアメリカっぽくて、中に入っただけでわくわくします。客席の外じゃなく、中にバーがある、なんてのもおしゃれ。

メリー・ポピンズは、ジュリー・アンドリュースの映画が何と言っても有名ですし、このミュージカルも、その映画を見て感激したプロデューサが、なんとかこれをミュージカルにしたい、ということで実現した舞台だそうです。映画のファンが作った舞台だけあって、映画に出てきたあの場面は再現されるのかな、という期待をしっかり裏切らず、さらにドラマとしての完成度が、映画よりももっとしっかりしている感じがしました。

メリー・ポピンズというのは、子供の心を失った大人が再び笑顔を取り戻す、というのがドラマの軸で、そういう意味では、バンクス一家の子供たちではなく、ご両親が主人公なんだ、と思います。拝金主義に毒されたMr.バンクスが、メリー・ポピンズの見せる魔法でどう変化していくか、というのが軸になる。映画ではそれなりに上流階級のマダムを楽しんでいる感じのMrs.バンクスが、この舞台では、夫に疎外されたやるせない専業主婦になっていて、両親の間の感情のすれ違いが、映画よりももっと前面に出ている。そんな家庭の中の隙間風が、冒頭からしっかり描かれている分、最後に温かく一つになった家族の姿が胸を打つ。ラストシーン、飛び立っていくメリーポピンズを笑顔で見送る家族の姿に、女房も私も涙腺決壊状態になっておりました。

別の機会に、家族で一緒に「ライオン・キング」を見に行っていたのですが、娘が二つの舞台を比較して、「なんか、メリー・ポピンズに比べると、ライオン・キングって、ごまかしがある気がした」とのこと。ごまかし、というか、ライオン・キングの場合、マペットや仮面のデザインの力がものすごく強いので、俳優のダンス・歌・芝居、という基礎の部分よりも、そういう仕掛けの部分が目についてしまうんですよね。でもメリー・ポピンズの舞台は、あの煙突掃除人のタップダンスの群舞にせよ、まっすぐ肉体で勝負してくる正統派ミュージカル。もちろん、舞台のさまざまな仕掛けも楽しくて大がかりなのだけど、それが俳優の肉体表現にあまり絡んでこず、あくまで背景として機能している。ドラマの中では脇役ながら、ほぼ主役級の大活躍を見せるバート役の役者さんが、歌・ダンス・身のこなしから雰囲気まで完璧。子役の二人も、達者な歌とダンスを見せてくれて、ブロードウェイの底力を改めて感じた舞台でした。
 
セビリアの理髪師
明日は日本に帰る、という日の夜、METにどうしても行きたい、と「セビリアの理髪師」を見に行きました。いつもよりもちょっと経済的に、最上階のFamily Circleの席。すごくリーズナブルなお値段ですが、舞台全面がしっかり見えるし、劇場全体の様子が見えて、満足感はとても高いです。

たくさんのドアがくるくると動き回りながら、その配列によって、舞台の上が、ある時は街並み、ある時は室内に見えてくる。非常にすっきりとした舞台で、その分歌手の歌唱技術がストレートに出てくる。歌い手のアンサンブルも素晴らしかった。ロッジーナがとてもキュートで美人のメゾで、それだけでなんだかうれしくなってしまうのはおじさんの証しか。

なによりうれしかったのは、ドン・バジリオ役でサミエル・レイミーさんが出演されていたこと。1942年生まれというから、もう70歳近いんですよ。全然年齢を感じさせない堂々の貫録。会場全体が底鳴りする響きで、軽やかにロッシーニを歌うテクニックは全く衰えていない。女房が、「バスってのは長持ちするんだよなー」と感嘆しておりました。家電製品か。

面白かったのは、見に行ったのが10月の末だったせいか、ドン・バルトロの召使役さん(セリフなし)が、ちょっとゾンビっぽい佇まいで立っていたり、カボチャを満載した荷車がでてきて、それを上から大きなおもりが出てきて押しつぶしたり、といった、ハロウィン限定バージョンの演出がついていたこと。舞台袖で派手な爆発があって、この召使さんが転がり出てきたり、舞台上の木がバタン、と倒れてこの召使さんを押しつぶしたり、と、なんだかマンガみたいなシーンが随所に挿入されていて、カーテンコールでもこの召使さん、盛んな拍手を浴びていました。こういうお遊びが許されるところが、「セビリア」らしいところだよね。