指揮者の確信

まゆみちゃんから、去年の日記にコメントがありました。情報ありがとう。お昼に一人でカラオケに行く人って、結構いるんですよね。私が通ってる会社のそばのカラオケ屋でも、一人で演歌の練習をしているおじさんを時々見ることがあります。夜の接待のための練習だろうか。サラリーマンは厳しい。オペラの練習なんかしてるお前はなんだ。ダメダメサラリーマンです。はい。

さて、先週から週末にかけてのインプットを例によってリストにします。

・読み進んでいる山本周五郎作品、今回は、「町奉行日記」を読了。
・録画してあった映画「CASSHERN」を見る。日本人の「ひがみ根性」には困るねぇ。
・土曜日、大田区民オペラ合唱団の練習で、本番指揮者の小松一彦先生の指揮で練習。面白かったぁ。
・日曜日、ガレリア・フィルハーモニーの練習にお邪魔。角田鋼亮先生の指揮を見学。面白かったぁ。

今日は土日の二人の指揮者の先生方のお話を。
 
小松先生は、今度、大久保混声合唱団も参加する愛・地球博での、「オーケストラ伴 水のいのち」の指揮者として、事前にお名前を聞いていました。外山雄三先生を若くしたような厳しい外見。「『するどく立てて、すばやく抜く』、と、楽譜に、書き込んでください」という感じで、極めて端的で明確な指示。日本能率協会とかの社外講師のお話を聞いているみたいで、団員としては、思わず背筋を伸ばして聞く感じ。でも、練習後は、とても気さくで情熱的な方です。

驚いたのは、非常に厳格で、学究肌な感じがする指導なのですけど、指揮自体はものすごく雄弁、かつ情熱的なこと。指揮を見ていれば、何をやりたいのかが全部分かるんです。テンポ感はもちろんのこと、フレーズのクレッシェンド・ディクレッシェンド、各パートの音量、強調したい音から音符の長さまで、全ての指示が指揮の中に全部見える。だから、ただ指揮者のタクトに合わせて歌っていれば、ものすごく歌いやすい。

以前、テノールの佐藤一昭先生が、小澤征爾さんの指導を評して、「一曲通し練習をしてもらっただけで、何も細かい指示をもらわなくても、全部分かっちゃう。指揮を見ていれば、小澤さんがやりたいことが全部分かっちゃうんだよ」とおっしゃっていたことがありました。それと同じ感覚なのかもしれません。同じ斉藤秀雄門下生である、ということもあるのかもしれませんが、バトンテクニックの中で、音楽の全てが表現しつくされているような感覚。「指揮職人」とでも言いたくなるような、完成された熟練の技術。しかも、表現されている音楽の雄弁かつカンタービレなこと。先生の口から発した言葉はそれほど多くなく、ほとんどが、ただ無言で指揮をしている時間だったのですけど、その指揮から、ものすごく沢山の情報をもらった、実に中身の濃い時間でした。
 
一方、角田先生です。まだ大学院で勉強中の方と、ベテランの先生を比較するつもりは全然なくて、双方の先生の指導から感じたことをただ並べて書くだけなので、その点誤解のないよう。でも、指導の仕方は全然違っていて、そういう意味で比べると面白かったですけどね。合唱指揮、とオケの指揮、という点でも異なっているのだとは思うのですけど。

角田先生の指揮は、非常に淡々としています。指揮を見ていれば全てが分かる、というような、表現力たっぷりの饒舌な指揮、という感じではないように思いました。指導方法も、ただ無言でひたすら指揮し、キーワードを時々口にする小松先生のタイプとは違って、非常に饒舌に「言葉」を使います。でも、その指揮と言葉による指導の背景には、きっぱりとした確信がある。そして、饒舌とは見えなかった指揮も、よく見れば、音楽のキモになる部分で確信に満ちた指示が明確に出されていることに気付く。オケがついてこようが音が落ちようが、自分の中にある音楽の推進力を決して留めない確信。

この音を、この和音をきちんとキメないと、音楽がキマってこない、その部分に強い視線と共に振り出される確信に満ちたタクト。個々のキーマンたちに求める技術的な指導も、「その音が決まらないと、音楽の根幹がゆらぐんだ」という確信に満ちた指導です。だから、他の演奏者に弾けていない部分が多少あっても、音楽の軸への影響が小さい部分なら、大胆に切り捨てていく。短い時間をいかに有効に使って、一番大切な幹の部分を整えていくか、という、確信を持った判断力。

小松先生が、「皆さんが、フォルテのところはフォルテに、ピアノのところはピアノに歌えれば、そして正しい音程で歌えれば、あとは僕が音楽をやれば、皆さんの歌は音楽になるんです」とおっしゃっていました。音の強弱と音程、子音や母音などのテクニックについては、トレーナーが鍛え、表現者が自己鍛錬する部分。指揮者は、そのテクニックに対して、音楽を与えることが仕事。

その音楽を、確信を持って表現者に示すことが、指揮者という職業に求められるものなんだ、というのを、二人の指揮者の先生がたの指導に触れて、改めて感じた週末でした。面白いなぁ。