関西人のこと

自分は関西出身なんですけど、東京暮らしが長いのと、社会人になってからは東京でしか過ごしていないので、東京風のビジネス慣習しか身についていない。そういう「エセ関西人」からすると、時々、関西の人と商売の話をしていて、面食らうことがあります。「関西人と十把ひとからげにするな」と言われそうな気もするけどさ。でも、いわゆる「振り込め詐欺」の被害が全国一少ないのが大阪府、なんて話を聞くと、やっぱりあると思うんだよねぇ、独特の商習慣。(ちなみに、全国一「振り込め詐欺」の被害が多いのが、静岡県だって。これもなんとなく納得。)

私の勤めてる会社はIT企業の端くれなので、お客様の通信網を整備しましょう、なんて話をするんですけど、時々相当無茶な納期を突きつけられることがあります。「今月中に回線設定してくれ」と言われても、通信機器が来月末まで調達できない。仕方ないので、「来月末までは無理ですね」と答えると、「ほな、あいだ取って、来月中旬やったらどうよ?」と言ってくる。要するに、駆け引きを始めるんですね。こっちはすごく正直に、「通信機器の調達期間には来月末まで時間が必要」と思って、そのように回答するんだけど、関西の人は、「まだどっかに、隠しとる余裕期間があるはずやろ?」という前提で突っ込んでくる。

逆に言えば、こちらのことを信用していない、ということで、それをすごく「失礼」ともいえるんだけど、「こっちもそれなりに譲歩したるんやから、おたくもそれなりに努力するのが商売っちゅうもんやろが」と言われれば、それも一つの見識かな、という気もする。相手の足元を見る、といえばすごく嫌らしく聴こえるんだけど、「お互い歩み寄ろやないか」という互助精神、といえば、きれいに聴こえますわな。

関西人のオバサンは、必ずデパートで値切りますが、これも結局、「正札」という「建前」を信用しない、という関西人的な基礎心理がある気がする。「建前はええから、本音で話ししようや」と膝を詰めて、「1万円のうち、あんたの仕入値はホンマのところいくらなん?」と始める。「どれくらいマージン取っとるんよ?5割?4割?」と始めれば、デパート側も心得たもんで、「そんな無茶言わんとってぇなぁ、せいぜい2割5分」「嘘付け」「まぁ無理して3割」「ほな2割5分は勉強せんかいな」「無茶言いはるわぁ。そういうお客さんの予算はどのくらいですのん?」「2割5分引きやったら考えたってもええで」「せめて1割5分」「間とって、2割」…なんて会話は日常茶飯事。でも実は、デパート側のマージンは5割くらいで、デパート側だって充分に利益を出しているんだ、というのは、交渉しているオバサン側も大体分かっている。そういう「あうんの呼吸」。

そういう「まぁお互い助け合いましょうや」という関西人的精神が、最近の世の中では結構肩身が狭い気がします。コンプライアンスが声高に語られ、TCSやら内部統制、顧客保護、なんて「建前」が力を持ってくると、「企業は持っている情報をできる限り開示するべきだ」という話が前面に出てくる。そこには、「本音のところはお互い上手に隠しながら、あうんの呼吸で落としどころを探る」なんていう関西風商売の発想がない。全てはガラス張りの中で、お互いの「WinWin」の関係を探ろう、という、とても理想的な健全な世界を、世の中は求めている。「まぁいつものように、よしなに」と言っていると、談合だと殴られる。実際、「よしなによしなに」を繰り返しているうちに、大阪府の財政は破綻しちゃった。

…でもねぇ、「全てガラス張りで、あらゆる情報が開示されていて、それを全ての人々が理解した上で、互いに『WinWin』の関係を追及する」なんて理想郷は、理想であって決して現実には存在しない。Googleという会社が、世界中のありとあらゆる情報を万民に開放することを会社の使命として急成長している、なんて話があるけれど、その膨大な情報を受け取る側には明確に限界がある。受け取る側に限界がある以上、ガラス張りにしても仕方ない。いくら医療従事者側が、「患者への説明義務」をきちんと果たしている、と主張しても、理解できない患者側から、「説明不足だ」と怒られるのと同じ構造のような気がするんだよねぇ。大量の情報を前にして、受け取る人間の前にそびえる「バカの壁」。

全ての情報を開示することなんてそもそも不可能だし、開示したとしてもそれを受け取り手に理解させることなんかできない、という前提に立てば、関西風の、「それであんたはどこまで血流してくれるの」といきなり駆け引きしたあげくに、「まぁ後はよしなにやっといて」と丸投げする、相手を信頼しているようなしていないような微妙な「あうんの商売」というのも、そんなに捨てたもんじゃない気がするんだけどね。もちろん、東京的ビジネス慣習にそまった私から見れば、「全く関西人は、すぐ駆け引きしてきやがって…」とむかつくことも多いんだけどさ。

ちなみに、女房が昔勤めていた小学生向け通信添削教材の大手出版社では、何よりクレームが多いのが大阪府なんだって。そもそも、全国的にメジャーな大手教科書会社が、大阪府にだけは入り込めていなくて、大阪府だけで根強く使われている教科書会社が、「大阪書籍」。そんなマイナーな教科書でも、子どもの教育進度に合わせたきめ細やかな補助教材を目指す会社としては、なんとか教科書準拠の教材を苦労して作るわけです。といっても、学校によっては進度にはどうしても差が出てくる。するとすかさず、「今月号にまだ学校で習ってへん漢字が出てきて、子どもが困っとる」なんていう類のクレームが出て来るんだと。でも、そのクレームは、「進度に合わせた教材を作ってほしい」という要望にはつながらないんだそうです。どうなるかというと、

「学校の進み具合に対応してへんのやから、ちょっと値引きせんかいな」

というクレームになるんだと。さすが大阪人。