古き良き中国、新しい中国

新幹線とか地下鉄とか、上海の南京路とか、とにかく新しい中国を書き連ねてきました。実際、先日書いた通りで、北京上海、という大都市圏に住んでいる、というだけで、見かける人たちは全て、この国の中の「勝ち組」に属している人たち。でも、その勝ち組の住む都市自体が急激な都市化によって固有の病理に蝕まれ始めている。それは日本でも報道が姦しいPM2.5の問題に如実に現れている。我々が北京についた翌日、街は真っ白に霞んでいました。


中央に見えるのは中国国営TV放送(CCTV)のビル。その奥のビルはもう見えません。街全体が白い霞のようなものでおおわれている。これでも冬の方がもっとひどく、昼でもヘッドライトがないと車も走れない状態だったそうです。


ちょっと怖かったのは、こんな状態でも匂いがしないこと。日本でも四日市ぜんそくとか、尼崎あたりの大気汚染が問題になった時期がありましたけど、あの頃の排気ガスは体に対する警告を発するような刺激的な匂いがありました。でも、街がこれだけ霞んでいるのに、北京市内の空気には匂いがない。なのにこの光景の異様さ。そのギャップ。ある意味、福島をむしばむ目に見えない放射能の脅威のような、体に認識できない恐怖。

北京は五輪以降、街の雰囲気が全く変わってしまい、高層ビルが立ち並ぶ近代都市に生まれ変わってしまいました。北京の郊外にあるオフィスにタクシーで移動する途中、開発中の旧市街を見かけたのですが、立ち退きに合意していない家をぽつんと残して、周囲の家が全て破壊され、残された家の庭に茫然と立ち尽くしているおばあさんの姿がありました。日本だと区域内の全部の家が立ち退いてから開発を始めるけど、中国では立ち退きに合意した瞬間にどんどん家を壊していってしまう。瓦礫の中にぽつんと残った家の前に止められた自転車と、そのそばにたっているおばさんの姿は、車窓の外で一瞬で通り過ぎたけれど、何かしら巨大な力の波の中で必死に抗っているような、蟷螂の斧のようなそんな印象がありました。

上海と北京で、それぞれ1か所ずつ、古い街の文化に触れることができました。上海で行ったレストランが、魯迅の「孔乙己(コンイーチー)」という小説で取り上げられたレストラン、孔乙己(コンイーチー)酒家。出された料理もさることながら、途中で声がかかり、店の秘蔵の紹興酒の甕を割るという。行ってみると、たくさんの人たちが囲む中、店のおじさんが、甕の紹興酒のうんちくをたくさん語っている。


こんな感じ。開けられた紹興酒は20年物だそうです。20年前、うちの娘もまだ生まれていなかった頃、それこそ、北京も上海もまだ昔の街の面影を残していたころ。


甕を覆っていた石膏は、私がハンマーでたたき割らせてもらいました。集まったお客様に、開けたばかりの甕からくみ出した紹興酒がふるまわれます。濃厚で粘りのある味わいの酒。

北京は何度か訪れたことがあったのですが、一度も行ったことのない天壇公園に行くことができました。広い公園に囲まれた小高い丘に、高い塔があって、それを囲む建物が曼荼羅のように配置されている、というのは、ミャンマーヤンゴンで行ったパゴダにそっくり。


こんな感じ。

キリスト教に代表される西欧の宗教施設が、ひたすら天上を目指して上へ上へと伸びていったのに比べて、アジアの宗教施設は、縦へのベクトルだけでなく、二次元の広がりがあるように思います。マンダラは仏教のものですが、儒教道教が強かった中国でも、この二次元への志向って残っているんだなぁ、と思います。

天壇公園で面白かったのは、この中央にある天壇を中心としたマンダラ広場を囲む広大な公園。この公園は北京市民の憩いの場になっていて、公園のそこかしこで、太極拳に興じる人たちや、昔ながらの民謡を歌い、踊る人々の姿をみました。面白かったのは、民謡を演奏し、踊っている若い人たちを見ながら、一緒になって踊っているおばあちゃんが観客の中にいたこと。



トランプやら中国将棋に興じる人たち。


これは太極拳をやっている人たち。ちょうどPM2.5も薄れたいいお天気の日でした。


通路でお手製の人形を売る人たち。商売禁止なので、商品は全て籠の中とか布の上においてあります。公安がきたらすぐに包んで隠すんだって。

北京は上海に比べて、京劇に代表される色んな文化を大事にする粋な伝統があるそうです。急激に変化していく街の中で、そういう北京の伝統が失われていくことを嘆く声もあるそうな。実際、天壇公園を昔ながらに楽しむ人たちには高齢者が多くて、若い人はお洒落な新しい街を楽しんでいるみたい。

今、日中の国の関係は最悪ですが、相手を知るには、やっぱり行ってみるに越したことはないと思います。色んな問題を抱えながら、ひたすらに前に進んでいくこの国の最前線で、昔は表に見えてこなかった課題が隠しきれずにどんどん露出してきている感じもある。これからこの国はどこに行くのか、それが日本に大きな影響を与えるだけに、やっぱり目が離せないなぁ、と思った中国訪問でした。