「その着せ替え人形は恋をする」~エロスの復権と理想の男性像、そして支える本気の技術~

ジジイがなにエロアニメの感想真面目に書いてんだよ、と言う人は絶対いるだろうな、と思いながら、でも面白かったものは仕方ない、ということで、久しぶりにアニメの感想です。先日最終回を迎えた、「その着せ替え人形(ピスクドール)は恋をする」。本当に偶然に出会って偶然に見始めたんですけど、好きなものを好きな人が好きなように作りこんだ妥協のなさと、原作に仕込まれた本物の凄みが底支えする洗練されたエロスと絶妙なキャラ設定に結構入れ込んで、全話しっかり見てしまった。今期の新作アニメの中でもかなり人気作になったみたいで、第二期も企画されているようですけど、今回はこのアニメの中で特に印象に残ったポイントをちょっと真面目に書いてみたいと思います。ネタバレはあんまりないと思いますので、未見の方もご安心ください。

コスプレ、というサブカルチャーの極北ともいえる所からヲタク文化に切り込んでいる作品なので、「エロス」というのが大きな作品のテーマになりますし、当然のように女性の登場人物の露出度は非常に高めです。また、原作者がアニメ化を諦めた、と言われる過激な表現(エロゲーやラブホテルの描写など)も原作以上にしっかり出てきます。でもねぇ、正直言えば、昭和の青春漫画や青春映画なんて、もっと露骨だったよねーって思うんですよね。もっと露骨だったし、もっとドロドロしていた。中山美穂がブレイクした「毎度おさわがせします」はズバリ性教育がテーマのドラマだったけど、あれでも自分の世代なんかは随分健康的なエロスだなぁって思ったし、柳沢きみおのドロドロの青春漫画とか、純粋にエロだけをテーマにしたロリコン漫画の隆盛期なんか、今では考えられないような露骨な性表現が漫画雑誌に溢れていた。女性のヌードを売りにしたテレビの深夜番組とか、今ではすっかり影を潜めてしまったよね。

放送倫理コードの厳格化とか、たぶん色んな大人の事情があるんだとは思うけど、でもやっぱり、「エロス」っていうのは人間の獣の本性と理性がせめぎ合う接点にある、ある意味人間存在の根幹にあるものであって、ワーグナーが「タンホイザー」で描いた昔から、文芸作品の一つの大きなテーマなんだよね。この「エロス」に目を背けてしまったら、人の獣の本能を描く手段は、もう「バイオレンス」しか残ってない、というのが、現在の色んな映像世界における派手なアクションシーンやサイコパスの量産につながっている気がする。それって本当に健全な姿なんだろうか。倫理コードがエロスを抑圧してしまった結果が、色んな所で人と人の関係を荒ませているような気もしなくもないんだよなぁ。

そういう意味では、「着せ恋」が真正面から「エロス」を描いて人気を博した、というのは、「エロス」の復権、みたいな感覚があってなんとなく嬉しい。しかも、「着せ恋」で描かれる「エロス」って、実に洗練されていて清潔感があるんだよねぇ。令和のエロス、というか。高い作画技術で、質感や触感はとてもリアルに表現されているんだけど、とてもキレイで、昭和のエロスの泥臭さや生々しさは皆無。エロスに向き合う若者たちの思いもとてもピュアで、自分の中の獣の欲望に抗いながら、純粋な気持ちを貫こうとする姿がとてもすっきりと嫌味なく描かれている。こういう形で表現すれば、今の時代でも「エロス」をここまでしっかり描けるのか、という感動もありました。今期のアニメアンケートで、「進撃の巨人」よりも「着せ恋」の方が人気が高い、というアンケート結果もあった、という話を聞いて、「エロス」が「バイオレンス」に勝った、ということなのかもしれないなって思ったりして。

もう一つ、「着せ恋」の大きな特徴の一つが、女性を輝かせる凄腕の職人、という新しいヒーロー、五条新菜くんの造形だと思います。セーラームーンに始まった女性ヒーローものにおける男性相手役の造形は、タキシード仮面に代表されるように、あくまでカッコよく女性をエスコートするリード役だったし、タキシード仮面はセーラームーンより明らかに戦闘力が低いにも関わらず、「エスコート役」という立ち位置は変わらなかった気がする。ドジなヒロインを優しく見守り、導く、という男性上位の関係性。

でも、「着せ恋」の五条くんと喜多川海夢さんの関係というのは、明らかに喜多川さんがエスコート役なんだよね。物語の推進力は喜多川さんの方にあって、喜多川さんの望みをいかに叶えるか、いかにヒロインを輝かせるか、が物語を前に進めていくエンジンになる。その喜多川さんの願いを、卓越した技術と偏見のない受容力、探求心、鑑賞眼、そして何より、人の心を見通す優しい視線を持った五条君が次々と叶えてくれる。

そういう意味ではこれは、シンデレラをお姫様にしてくれた魔法使いそのものが王子様だった、というシンデレラストーリの変形ではあるんだけど、各方面の琴線に触れる絶妙な設定なんだろうなって思う。夢を叶えてもらう側の女子からすれば、まさに理想の男子だし、自分の外見や社会力に自信のないヲタク男子からすれば、引きこもって磨いた技術をカワイイ女子に認めてもらうシンデレラボーイストーリに見えるだろうし。

その設定をリアルに見せているのが、原作でこれでもかと描きこまれるひな人形の技術やコスプレ技術などのディテール。原作者は相当取材をしたんだろうなぁ、と思うけど、その原作の仕込まれた本物の凄みをしっかり再現しつつ、作り手自身が「そうです、私もヲタクです!」と宣言しているようなアニメのディテールの作りこみにも感心しました。最終回の花火のシーンを頂点とした作画や映像の美しさはもちろんのこと、劇中アニメとして登場した「フラワープリンセス烈!!」のヲタク心に妥協のない作りこみ。自分的に実は一番興奮したのは、最終回のホラー映画のシーンで、「着信アリ」のパロディかな、と思っていたら、まさかのレジェンドB級ホラー映画「悪魔のいけにえ」のラストシーンをアニメで再現してきたんだよなぁ。今の若い人に見せたって元ネタが分からんだろうがよ。なんというマニア度の高さ。

見始めたのは本当に偶然で、鬼滅の刃を見た後に放送していたのを何げなく、くらいの軽い気持ちだったのですけど、結局こんな長文の感想文を書くまでお気に入りの作品になっちゃいました。魔法が使える現代のタキシード仮面、五条くんが、喜多川さんをこれからどんな風に輝かせるのか、二人の恋の行方とともに、第二期を楽しみにしたいと思います。