オペレッタの典型的人物から、紀元前まで時間を遡っちゃったぞ

今、ガレリア座で、9月30日のオペレッタ公演、カール・ツェラーの「小鳥売り」を絶賛練習中。GAGブログでも宣伝してるんですが、チラシの画像をここにも貼っておこう。でも、この日記では、宣伝というより、この演目を練習しながら色々考えていることを、例によって衒学的にダラダラ書き連ねようかと思います。
 

公演チラシでっす。
 
私はこの日記で、「Singspieler」という名前を名乗っているんですが、これは、ドイツの大衆的な演劇形態だった、「Singspiel」(歌芝居)から取ったもの。ネット上の解説などを読むと、「ジングシュピール」というのは、ドイツの民謡などをベースとした有節歌曲(同じメロディーで違う歌詞を、1番、2番、3番、という感じで歌い継いでいく歌曲)をセリフでつなぎ、おとぎ話や喜劇的な物語を演じていく、ドイツで18世紀に一般的だった大衆娯楽、とのことで、今回の「小鳥売り」は、まさに典型的な「Singspiel」の傑作のひとつ、と言われています。最も有名な「Singspiel」が、モーツァルトの「魔笛」で、パパゲーノの歌なんてのは典型的な有節歌曲ですよね。さらにこれが発展し洗練されたのが、ウェーバーの「魔弾の射手」。このドイツの有節歌曲の伝統は、シューベルトの「冬の旅」や「野ばら」のような有名な有節歌曲にも結実している。

そんな話を、演出家の八木原さんと色々話していた時に、「Singさんが今回演じるヴェプス男爵というのもね、オペレッタに出てくる典型的な人物像だよね」という話になる。

「ウィーンフォルクスオーパなんかではね、『小鳥売り』のヴェプス男爵、『乞食学生』のオルレンドルフ、『ヴェニスの一夜』のデラックアとか、どれも同じバリトン歌手が演じるんだよ。オペレッタに出てくる一つの典型的なキャラクターなんだよね。Singさんのやったことのある役ばっかりでしょ」

実際、今回、ヴェプス男爵、という役をもらって、以前やったことのあるオルレンドルフにすごく似ているなぁ、と思ったりしたんです。でも、「小鳥売り」の登場人物には、他にも、色んな他のオペラの登場人物を彷彿とさせるキャラクターがいる。タイトルロールの「小鳥売り」アーダムのキャラクター造形には、間違いなく魔笛のパパゲーノが影響しているし、何より全体の物語の設定が、「フィガロの結婚」によく似ている。そう考えると、「フィガロの結婚」がさらに成熟と退廃の色を濃くした姿である、リヒャルトシュトラウスの「ばらの騎士」の世界も見え隠れする。「フィガロ」と「ばら」を結ぶ中間的な舞台作品、と言えなくもない。

さらに時を遡ってみたら、欧州の舞台作品の源流に、何かしら「典型的人物像」のようなものがあって、ヴェプス男爵、というのもそのうちの一つなのじゃないかな、なんて考えたりして、このあたりを深く追究してみるのも面白そうだな、と思ったんですね。よく言われる話で、世界の伝説や昔話が、どこかで同じ源流を持っている、という話がある。「三枚のお札」のように、追いかけてくる邪悪なものに3つの呪物を投げることによって逃亡を成功させる物語は世界中に分布していて、「呪的逃走」の物語、と言われる。日本神話とギリシア神話が酷似している、とか、石とバナナのどちらを選ぶ、と言われて、バナナを選んでしまったために、石のような永遠の命を失ってしまう「バナナタイプ」という伝説が世界中に流布していたり。

つまり、欧州の色んな舞台芸術、特に大衆演劇の中で、昔から広く大衆の人気を得ていた「典型的演目」というものがあって、ヴェプスやオルレンドルフというキャラクターは、そういう典型的な演目に登場する人物類型の一つだったんじゃないかな、と想像してみたんです。シェイクスピアの「ファルスタッフ」とか、ひょっとしたら同じ人物類型の中に含まれるのかもしれない。

そう思って色々ネットサーフしてみたら、イタリアの「コメディア・デラルテ」の中に、おなじみのコロンビーナとアルレッキーノアルルカン)のような「ストック・キャラクター」と呼ばれる典型的人物像がいる、という記事を見つけた。その中に、パンタローネ(老商人)という典型がいるんですね。ウィキさんによれば、

「金持ちで、欲深で、色欲旺盛な老商人。男らしさと精力の象徴として大きな股袋(コドピース)を股間に付けている。役柄として、インナモラータの親とされたり、イル・カピターノやイル・ドットーレの友人や商売仲間とされたりすることがある。パンタローネによる商売の計画が召使いザンニによって妨害されるのがお決まりのパターン。」

とのこと。これって結構ヴェプスっぽい気がするなぁ。同じくウィキさんによれば、「コメディア・デラルテ」は古代ローマの「アテルラナ」と呼ばれる大衆喜劇にまで起源が遡れるそうで、この「アテルラナ」は、紀元前390年くらいまでさかのぼれるんだって。21世紀の僕らが演じているキャラクターの後ろに、膨大な時の流れを垣間見る気がして、なんだかワクワクしますよね。

といいつつ、「小鳥売り」は、ドイツっぽいがっちりした構造の難曲が多いんで、紀元前のヨーロッパに想いを馳せる前に、目の前の楽譜を何とかこなすので精いっぱい。一生懸命頑張りますんで、お時間とご興味のある方は、9月30日、練馬文化センターへ是非足をお運びくださいまし!