「ツバキ文具店」〜言葉は人を変えるんだ〜

うちの女房はあんまりテレビを見ない人なのだけど、最近どハマりしているのが、NHKで始まった、「ツバキ文具店」。万年筆が好きで、「万年筆女子会」という歌い手さんのグループに所属して演奏会を企画している女房の、ストライクゾーンど真ん中に入ったようで、毎回欠かさず見ている。私もお付き合いで見始めたら、これがよい。とてもよい。少し浮世離れした登場人物たちを違和感なく包み込む「鎌倉」という舞台設定がまず素敵。おとぎ話のような空気感が、暖かくて明るい、そのくせ輪郭をぼやかした水彩画のような照明効果と色彩感覚で彩られていて、画面を見るだけでなんだかホッとさせられる。そして何より、多部未華子さんの瞳がいい。少し色素の薄い茶色がかった瞳が、本当に表情豊かに動く。ただ美しくキュートなだけではなく、自分自身の内面を見つめなおそうとする迷いで揺れる視線、依頼人の心に寄り添おうとする眼差しの真剣さ。「デカワンコ」の時もそうだったけど、ある意味非現実的な設定の人物にリアルな存在感を与えながらも、ファンタジーとリアルのバランスが決して崩れない感じがする。店の前を竹ぼうきで掃除している、という日常の演技でも、この人がやると、そこだけ絵本の中から抜け出てきたような、おとぎ話のような非現実感が微妙に漂う。現実と非現実のマージナルな空間を作り出すことのできる稀有の存在感。

でも、このドラマで一番胸に刺さるのは、人の手が書いた、書き文字、という「言葉」の力が、人の心を癒していく、という物語の設定。最近読んだ小田嶋隆さんのエッセイで、「政治家の失言が多いのは、自分の発する言葉に対する責任感の薄さが要因だし、流行りの『忖度』という言葉も、偉い人の言葉にならないメッセージや、言葉にならない『場の空気』を読もうとする行為であって、どちらも、『言葉』というもの自体の力を日本人が失いつつある証左だ」という文章があって、大変共感。

ツバキ文具店で描かれるのは、人の心の奥底をしっかりとすくい取る言葉の力、そして、その思いを、伝えるべき相手にしっかりと届ける言葉の力。そしてその言葉たちは、文字記号という一種のデジタル信号として存在しているのではなく、何で書くのか(万年筆か、筆か、インクは何色か、新しいインクか、少し空気に晒したインクか)、どう書くのか(文字の改行位置やレイアウト、萱谷恵子さんの書き文字の凛々しさがたまらない)、どう届けるのか(封筒、切手、シールに至るまで)、徹底的にこだわり抜いて作られていく。そのこだわりのプロセス自体が、ドラマの大きな要素になっていて、それが文房具好きの女房にはたまらないんだと思うのだけど、でも、そういうこだわりって、舞台に立つ演者とお客様の関係にすごく重なって見えるのだね。コンサート会場で、受付からホールの雰囲気、チラシからパンフレット、衣装や小道具、楽屋回りへの心遣いまでトータルで一期一会の場を作っていくプロセス。それは全て、作曲家や作詞家の思いやメッセージにどこまで寄り添って、それを一番的確な表現でお客様に届けるか、という一点に捧げられる努力。

奥田瑛二さんや倍賞美津子さんなど、脇役も豪華なんですけど、「言葉」という点にこだわると、バーバラ婦人、という、これまた非現実的なようで意外とその辺りにいそうな不思議なキャラを演じてらっしゃる江波杏子さんの発語の見事さと、きれいに動く口角に見とれてしまう。あんなにきれいに口を動かして発語する役者さんって、あんまりいないよねぇ。

「あれは明らかにモンブランの万年筆でしたね」「おお、エルバンのインクですねぇ」など、万年筆女子会の中でも盛り上がっているようですが、多部さんの澄み切った瞳の演技と、毎回の研ぎ澄まされた手紙の言葉たち、そして脇役の熟練の演技も楽しみに、多部さん演じる鳩子の辿っていく物語の行方を見守っていきたいと思います。