アメリカンシアターシリーズII NY ガーシュウィンなクリスマス〜Yes, OK!と言ってもらえる街〜

ニューヨークという街には家族ぐるみで2年ほどお世話になったこともあり、格別な思い入れがあるのですけど、じゃあニューヨークってどんなところが魅力なんでしょうね、と問われると、なんだか答えに窮してしまう。決してきれいな街じゃない。地下鉄の汚さだけじゃなくて、埃っぽい歩道や薄汚れたビル、しょっちゅう繰り返される道路工事や全然信用できない地下鉄の時刻表など、東京の清潔な道路や秩序だったインフラとは比べ物にならない乱雑な感じがする。タクシー含めた歩行者の通行マナーは最悪。戦前に建てられた古いビルはいたるところにガタがきていて、住環境だって決して恵まれているとはいえない。先週出張で行ってきたシンガポールの方が、よほど清潔な街並みと緑豊かなベイエリアを持っているし、歴史的な建造物や変化に富んだ風景を持っている。都市として見た時に、コンクリートのビルの塊に過ぎないマンハッタンが美しいか、と言われると、人によってかなり意見が分かれるんじゃないかな、と思います。

それでも、マンハッタンの通りを歩くのは心地よい。不思議な居心地の良さがある。それって、どこから来るんだろう、と考えてみると、街全体から何かしら、「Yes,OK」と言われているような感覚、としか言いようがない。東京都内を歩いていて感じる異物を排除しようとする微妙な圧迫感、こうしちゃいけない、ああしちゃいけない、と常に言われ続けているような閉塞感、あるいはシンガポールの街中を歩いている時に感じる「監視してますよ」というような管理社会の束縛感みたいなものがない。「いいんじゃない、好きにすれば」とまずは受け入れてくれる懐の深さ。「あなたはあなたなんだから」と相違を肯定してくれる多様性の街。「でも、結果は自分で引き受けなさいね」という冷たい合理主義。何かに挑戦しようとする人が集まる街。異邦人に優しい街。それがニューヨーク。

女房が今度、「アリアになったビートルズ」という演奏会でお世話になる柴田智子さんがプロデュースされている、「アメリカンシアターシリーズⅡ NY ガーシュウィンなクリスマス」という演奏会が、日曜日に開催。会場のHakuju Hallは、1月に私が出演する予定のオペレッタコンクール受賞者発表会の会場でもあるので、会場下見も兼ねて伺ってきました。
 
アメリカンシアターシリーズⅡ NY ガーシュウィンなクリスマス
  
柴田智子(ソプラノ)
太田翔(テノール
内門卓也(ピアノ&アレンジ)
伊藤郁馬(ピアノ)
アメリカンシアターシンガーズ(Jeity・酒井翔子・中村桜子・太田有美・坂口杏奈・蛭牟田実里)
 
監修・演出:広渡 勲
MC解説:池田 卓夫
字幕翻訳:青井 陽治
 
という布陣でした。
 
演奏会全体の印象を一言で言うなら、「Well-Made」という言葉が一番しっくりくる。冒頭、「ラプソディ・イン・ブルー」に合わせてガーシュウィンのモノローグをスライドの字幕でかぶせる粋な演出から、適度に具体化され、適度に抽象化された「ポギーとベス」の抜粋。ガーシュウィンというアメリカ音楽の原点から、2016年1月にオフ・ブロードウェイを席巻したばかりのリン・マニュエル・ミランダの「ハミルトン」のような最新のアメリカ音楽のトレンドまでを組み入れた意欲的なプログラムと、イケメンテノール太田翔さんのゴージャスな歌唱や後半のクリスマスメドレーといった、お客様へのサービス精神のバランス。Hakuju Hallという、ちょっと贅沢な会場空間や池田卓夫さんのアカデミックな解説も相俟って、密度が高いのに疲れない、キラキラしたエンターテイメントなのにアカデミックな、実にみっしりした演奏会。

その中で、会場全体を響かせる声量で、かっちりとコントロールされた歌声を聞かせてくださる柴田智子さんの存在感はやはり別格。エモーショナルなんだけど、決して流されない。しっかりした歌唱技術の基礎の上に展開される表現で、説得力ある歌唱を聞かせてくださいました。ガーシュウィンを歌っても、JPOPを歌っても、その歌の本質にあるところが響いてきて、アンコールで思わずうるっとしてしまったのは私だけではないみたい。

こういう「Well-Made」な舞台というのは、若い未熟な出演者が足を引っ張ることがたまにあって、素晴らしい翻訳劇のシリーズを上演し続けている劇団の舞台とかで、時々がっかりさせられることがある。ベテラン俳優たちの隙のないアンサンブルのレベルに、若い人たちが届いていない。届かないことは仕方ないんだけど、そこで何かしら無理な力が入ってしまったりとか、何か違う引き出しで勝負しようとしてアンサンブルを壊してしまったり。正直言うと、今回の舞台で、「アメリカンシアターシンガーズ」という若手の歌い手さん達がサポートアクターのような形で参加されている、というのを見て、大丈夫かな、と不安になったりしたんです。

でも、今回の舞台はそれが本当にいい意味で裏切られて、それも収穫の一つでした。昭和音大のミュージカルコース出身者を中心に構成されたアメリカンシアターシンガーズは、アンサンブルの能力の高さと、個々の歌唱の個性がバランスよく活かされていて、「Well-Made」に作られた演奏会の全体をしっかり支える力強いパフォーマンスを見せてくれました。彼らだけで演じられた「ハミルトン」のアンサンブルでは、何度も胸が熱くなる瞬間があり、それは多分、円熟した演者では出せない、彼らの持っている若さから生まれてくる輝きなのかもしれない、と思いながら聞きました。個々の歌唱技術やパワーはまだまだ開発途上なのかもしれないけど、何よりみんなキラキラまぶしいくらいに輝いて見えた。個人的には、坂口杏奈さんのパワフルな歌唱、蛭牟田実里さんの端正な歌い口と佇まいの美しさが、とりわけ印象に残っています。

太田翔さんも含めた若い人たちが、生き生きと、自分の個性を十二分に輝かせている姿を見ると、意味もなく、「ああ、ニューヨークだなぁ」と思う。この演奏会の練習会場がどんな雰囲気だったかを伺い知ることはできませんが、出演者が、「いいよ、やってごらん」と言われ続けているような印象がありました。「それはだめ」「違うでしょ」「だめでしょ」と言われ続けるのではなくて、「いいから、やってごらん」「自信持って、自分をちゃんと出してごらん」と言われ続けているような解放感。出演者が自分を解放しているから、お客様もそれをまっすぐ受け止める。会場にいる全員が、拍手をしながら、手拍子をしながら、心で同じ言葉を呟いている。「Yes,OK!」と。

休憩中に、Hakuju Hallの窓の外に広がる代々木公園と新宿の高層ビル街が、ちょっとだけ、セントラルパークとマンハッタンの摩天楼と重なる。心を解放できる時間、自分が自分らしくいることを肯定できる場所。そんな場所を思い出させてくれた、至福の時間でした。ジャジーなピアノを存分に聞かせて下さった内門さん、伊藤さん含め、スタッフの皆さん、そして何より、柴田智子さんに、素敵な時間をありがとうございました。


演奏会のチラシとパンフレット。ニューヨークの劇場では必ずこのサイズとデザインのplay billが配布されます。またニューヨークに行きたくなっちゃったなー。