東京シティオペラ協会「シンデレラ」〜一番いい舞台体験というのはねぇ〜

最近この日記の更新が滞ってしまっていて申し訳ない限りです。それなりにインプットは重ねているので、書かないとなぁ、と思うことはいくつかあるのだけど、facebookなどで日々吐き出してしまっているせいか、まとまった長文を書く気力がなかなか出てこない。こういうのもSNS的軽薄短小文化中毒、と言えるのかもしれないけど。

といいつつ、先日、女房が出演した、東京シティオペラ協会公演「シンデレラ」を見てきて、色々と思うところがあったので、今日はそのことをしっかり書いてみたいと思います。


女房のFACEBOOKから転載。王子様とシンデレラの二重唱の場面。

指揮:横山 奏
演出:岡田 直子
合唱:東京シティオペラ協会合唱団
エレクトーン編曲・演奏:赤塚 博美
クラビノーバ:金子 渚

シンデレラ・・・・・大津 佐知子
妖精の女王・・・・・内海 響子
シャルマン王子・・・佐藤 圭
パンドルフ・・・・・柳沢 安雄
アルティエール・・・田中 美佐子
ノエミ・・・・・・・大橋 郡子
ドロテ・・・・・・・勝政 美紀
国王・・・・・・・・川村 敬一
伝令官・・・・・・・大西 啓善
妖精たち・・・・・・高井 千慧子・関口 ひろこ・辻岡 美沙子・市場 みはる・山村 美紀・木村 優花

会場:渋谷エレクトーンシティ

という布陣でした。

会場に入ると、お客様の数にまず驚く。演目が、「シンデレラ」という馴染みの物語の上に、日本語上演、しかも、夏休み、ということで、お子様連れのお客様も多く、会場の後ろまでぎっしり満席。チケットは完売の上に、どうしても見たい、という声があまりに多く、とうとうリハーサルを「公開GP」ということにしてお客様を入れるなど、大盛況のプログラムだったそうです。


お子様は前の席に陣取ることが多い。見えないからね。

東京シティオペラ協会公演の最大の特色にして最大の売りが、赤塚博美先生のエレクトーン伴奏。フルオーケストラの響きを全て、打楽器(ティンパニやらトライアングルまで!)に至るまで、エレクトーンで表現してしまうその表現の幅にはいつも驚かされるのですが、今回の伴奏は、ちょっと今までの東京シティオペラ協会公演とは味わいが違っていた気がします。いつもなら、弦の音や金管木管などの「本物のオーケストラ」に近い響きをリアルに再現する場面が多かった気がするのですが、今回は演目がファンタジーということもあってか、むしろシンセサイザーの本来の姿に近い、「現実にはありえない音」「ファンタジックな幻想的な音」がたくさん鳴っていた気がしました。もちろんそればっかりだと、歌手の声、というアナログの音から乖離してきてしまうので、所々にリアルな音も加わっているのだけど、過去の公演に比べると、むしろ電子楽器色が強かった気がします。

そんな色彩豊かな、どこか非現実的なエレクトーンの音と、歌い手の肉声、そしてさらにリズム楽器としてのピアノのエッジの効いた音を、切れよく聞かせてくださったのが、金子渚さんのクラビノーバ。以前のガラコンサートでも、歌心のあるいいピアニストだなぁ、と思いましたけど、各幕の序曲で、赤塚先生と金子さんの「オーケストラ」の表現力に、なんだか胸がきゅん、となる瞬間が何度もありました。


終演後、赤塚先生と女房と金子さんで。金子さんのお友達が娘の学校の音楽部の副指揮者だったり、意外なご縁もあったりするんですよ。世間は狭い・・・

しかし今回驚いたのだけど、このマスネの「シンデレラ」という演目、ものすごくいい曲ばっかりなんですよね。どうしてあんまり上演される機会がないんだろう。情感あふれる序曲に「なんていい曲なの!」と驚いていたら、フレンチオペレッタを生み出したパリの洒脱が横溢する継母・連れ子・父親の四重唱、シンデレラのソロ、王子様との幻想の二重唱、出てくる曲がどれもこれもいい曲ばかり。

中でも、シンデレラのソロ曲や、王子様との二重唱は、どれもとても胸に響きました。フランスオペラのヒロイン、というと、私の中ではなんといっても「ファウスト」のマルガレーテなのだけど、炉端で不遇を嘆きながら、いずれやってくる幸福を夢見るシンデレラのソロには、同じフランスオペラのヒロインの系譜を見た気がしました。なんていうか、与えられた境遇に対してめげない精神の強さ、みたいなものを感じるんだね。しっかり自分を持っている、というか。流されるのではない、自分の意志で選び取っていく強さ。さすが、「われ思う、ゆえにわれあり」の国。


舞踏会のシーン。

「シンデレラ」と言えば、ロッシーニの「チェネレントラ」の方が有名だと思うのだけど、ロッシーニの「チェネレントラ」の陽性な感じに比べると、マスネの「シンデレラ」はもっと陰影がある。ロッシーニの「チェネレントラ」はどこかで現実のイタリア娘の陽気さを漂わせているのだけど、マスネの「シンデレラ」はもっと観念的な感じがして、そういう「理想的なヒロイン」「ちょっと非現実的なヒロイン」という面目躍如となるのが、妖精の森で王子様と再会するシーン。ここの音楽の甘美さも相まって、会場全体が夢の世界に包まれたような感じがしました。

でもそういう、現実からの遊離感、のようなものをうまくバランスしているのが、シンデレラ自身の芯の強さであったり、王子様の苦悩といった、リアルな人間の心の葛藤だったりする。王子様を演じた佐藤圭さんが、実に素敵な王子様(ルックス最高!)。端正でヘンに小細工をしないまっすぐな歌唱で、二枚目度がさらにアップ。ちなみに、オフでも少しお話したのですけど、性格もとても素敵。投資しがいのある将来有望な若手テノールです。いち押し。


終演後のツーショット。いや、いい男だね〜。

どのソリストさんも本当にいい味を出していて素晴らしかったんですが、個人的には、継母を演じられた田中美佐子さんが一番好きでした。ああいうキャラクターを演じると、演技が歌にヘンに影響してしまって、音楽を濁らせてしまう要因になることが多いんじゃないか、と思うんですが、歌は完璧に端正に、日本語歌唱も音程も過不足なくしっかり豊かな響きを保ちながら、演技的にも直球勝負の嫌な女を嫌味たっぷりに演じてらっしゃって、本当に素敵でした。田中さんも、終演後少しお話する機会があったのですけど、ものすごく細やかに気配りされるとってもいい方。なんていうか、歌の上手な人で性格のいい人とお知り合いになると、ものすごく得した気分になるなー。

岡田直子さんの演出は、ライナーノーツにも書かれていた通り、シンデレラを巡る妖精の女王と継母の対立関係をシンプルに分かりやすく見せていて、大道具のほとんどない簡素な舞台ながら、奥行きのある美しい舞台に仕上げていました。ちょっと練習不足だったのか、合唱の動きなどに整理しきれていない部分があったように見えたのがちょっと残念でしたが、それを補って余りある、合唱陣も含めての大熱演でした。


シンデレラの身内の方々+岡田先生。

渋谷エレクトーンシティ、という会場は、とてもこじんまりした会場で、天井も低く、基本的に響きは大変デッドです。なので、電子的に付加された「人工残響」で響きを補っています。結果、聴衆からすれば、歌い手の表情や演技を大変身近に感じながら、広い会場で味わえるような残響をある程度擬似体験できる、というハコ。

でも、この環境というのは、歌い手には相当厳しい環境だと思うんですね。自分が出している声を反響で確認することはできないし、小さなハコだと思って出した声が、意外と人工の残響で響いてしまったり。そういう環境の中で、シンデレラの揺れ動く情感を、ギリギリのピアニッシモから激しいアンサンブルでのフォルテッシモまで、幅広いダイナミクスと表現力で演じきった我が女房どのには、身内ながら脱帽。そもそも持ち声がレッジェロなので、シンデレラの音域は「低すぎる」と、かなり苦労したようなのですが、以前、同じような音域の配役の時に多用していた胸(ペット)に落とす響きを極力回避して、あくまで頭蓋骨の中の共鳴腔の響きを保つことに徹し、自分の響きのポジションを信じて守り続けた技術が、シンデレラの揺れる心情と若さのもつ真っ直ぐさを見事に表現していたと思います。ブラーヴァ。


自慢の女房でござります〜

今回のプロダクション、共演者と過ごした練習場の雰囲気が本当にいい雰囲気で、毎回の練習がとても楽しかったそうです。練習場の雰囲気がそのまま舞台のクオリティとつながらない所が、プロの舞台の恐ろしいところだったりしますけど、でも、一番いい舞台っていうのは、舞台裏から表から、全部がとても心地よくて楽しくて、でも隅々まで妥協がなくて厳しくて、設定したハードルを確実にクリアしていく達成感をみんなで共有できる舞台だと思う。そういう意味でも、本当にいい舞台だったんじゃないかな、と思います。共演者のみなさま、スタッフのみなさま、東京シティオペラ協会のみなさま、本当にありがとうございました。今後とも色々とお世話になりますが、引き続きよろしくお願いいたします。