京王線の車掌室からの眺め

京王線で毎朝通勤する時、会社に一番近い、ということで、いつも最後部の車両の、一番車掌室に近い扉から乗るのが日課。その車掌室から見える後方の景色を眺めるのが好き。タモリ倶楽部の鉄道ファンたちも、運転席や車掌室から見る前後方の景色が大好きみたいだけど、気持ちはとても分かる。途中の車両の車窓から、視界を横に流れていく景色を見ているのと、車掌室から後方に遠ざかっていく景色を見ているのとでは、「移動」の方向感覚や意味するところが全然変わってしまう感じがある。

車掌室を見ていて楽しいのは、後方の景色だけじゃなくて、車掌さんのきびきびした動作も楽しみの一つ。計器類の確認や過ぎ去っていく駅の係員さんと交わす敬礼、ホームに向かって投げる指さし確認、どれもが「安全運行」という目的に向かって計算され整理され尽くした美しさがあって、やっぱり車掌さんってのは永遠に憧れの職業の一つなんだなーと思う。路線運行情報とか、どこで何が起こった、なんていう情報が運行管理室から車掌室に放送されているのが聞こえてきて、「都営新宿線でトラブルが起きた」なんて情報が、車掌さんの社内放送よりも先に分かったりするのもなんだかわくわく。笹塚駅近辺の外気温は現在3度です、快適な車内空調の調整お願いします、なんていう放送が聞こえてきたりして、細かい情報が分単位で共有されているんだなぁ、と感心したり。

歌を趣味にしているので、車掌さんの声、というのも結構気になります。どの車掌さんもマイクにしっかり乗るクリアな声をされていて、いつも聞き惚れてしまう。先日勤務されていた女性の車掌さんは、アルトの深みとつやのある美声で、最近ソプラノのキンキン声が多いテレビのアナウンサーなんかより、よっぽど耳に心地よく、安心感を感じさせる素晴らしい声だった。しかも美人。結局それかよ、と言われそうだな。美人で美声の車掌さんがキビキビと指差し確認やっている姿を見て萌えないやつはいないだろうがよ。と思ったら、やっぱりそういう人は私だけじゃないらしくて、「京王線の女性車掌の声が、むっちゃ可愛いアニメ声で萌え〜」なんていうツイートを見たことがある。

話をまともな方向に戻します。そうやって新宿に向かっていく電車の後方を眺めていると、時々、窓の外の遠景に富士山が見えることがあります。冬になって空気が冴え冴えと澄みきってくる今頃の季節だと、特に綺麗に見えます。その富士山が見える駅が、「つつじヶ丘」「千歳烏山」「笹塚」あたりなんだね。一部は高架になっているから一概に言えないけど、「丘」とか、「山」とか、「塚」という、高台を意味する地名の駅から富士山が見える、というのは偶然じゃないような気がする。

地名っていうのは一義的には地形を表現するもので、そこに人の営みが加わって歴史的な名称がついていく。京王線には、かつての武蔵野の地形や、奈良時代からの歴史を感じさせる駅名が多くて楽しい。そもそも「府中」というのは、武蔵野国国府があったから「府中」だし、「調布」というのは、奈良時代の租庸調の徴税制度の中で、「調」として収められた木綿の布の産地だったからついた名前。「布田」なんてのも布があちらこちらで拡げられて日の光を浴びている姿が目に浮かぶような名前だよね。「国領」というのも、奈良時代に朝廷の直轄地だったからついた名前なのだそうです。

一方で、地形からついた駅名も多くて、前述の「つつじヶ丘」「烏山」「笹塚」なんてのは見た通りを地名にした感じがするよね。きっと烏の群れが住み着いた山があったんだろうなぁ、とか。以前にもこの日記で書いたけれど、「代田橋」の「ダイタ」は、ダイダラボッチのダイダから来ていて、この近辺にダイダラボッチの足跡を思わせる沼があったからついた名前なのだそうな。

そんな風に、車掌室から見える景色を眺め、遠い武蔵野の歴史に思いをはせつつ、毎朝の痛勤電車を耐えている日本のサラリーマンの一人、それが私。なので、車掌室の窓に背中をもたれさせて外の景色をがっちりガードしながら、スマホゲームに没頭しているでっかいアメフト選手風のお兄さんがいると、おじさんは朝からちょびっとブルーなのだよ。お願いだから、ちょっとだけ横にずれてくれないかなぁ。5センチでいいから。なんなら3センチでもいいんで。