「悪魔のロベール」終演しました

昨日、12月20日、ガレリア座公演「悪魔のロベール」が終演いたしました。休憩入れて4時間半の大作。色んな意味で、もう一度基礎に立ち返る機会をくれた、大事な公演になりました。

FACEBOOKにも書いたのだけど、自分の出来不出来、というのは、聴衆の皆さんが決めることで、演じ手自身には分からないこと。実際、演奏前に計画したコントロールが出来たところ、出来なかったところ、本番になって初めて出てきた表現で自分なりに納得できたところ、なんとなく自己満足に終わったかなーと反省するところ、色々入り混じっていて、一言で、「上手くいった」「全然ダメだった」とか言いきれない感じです。なので、この日記では、もらった役、ベルトランを作っていくプロセスについて、ちょっと裏話を書き連ねようか、と思います。

最初に、悪魔ベルトランという役をもらった時、正直「うわー」と思いました。この作品はよく、グノーの「ファウスト」の先駆的作品ということで、比較されることが多いのだけど、ベルトランはまさに、「ファウスト」におけるメフィストの先駆け的キャラクター。実際、ガレリア座で以前「ファウスト」をやった時には、メフィストの役はプロの声楽家の方がやりましたし、今回も、多分、私にこの役があてがわれる可能性は低いんじゃないかな、と思っていました。

主宰のY氏も「正直悩んだんだけど」と言っていましたが、「ここはSingさんに成長してもらう機会にしてもらえれば」みたいな、ありがたいお言葉をいただき、挑戦してみることに。今までもらった役が、高尾山登山程度だったとしたら、今回のは富士山くらいかなー、と相当覚悟して臨んだのですけど、いざ蓋を開けてみれば、富士山は富士山でも、バッコンバッコン噴火している富士山の山頂を目指していたらブリザードが襲ってきていつまでたっても晴れ間が見えない、みたいな、全く先が見えない絶望的な状況で、本番の1か月前まで途方に暮れる、という状態が続きました。

とにかく長いんです。全5幕の演目の中で、第3幕と第5幕はほぼ出ずっぱり。それぞれの幕に長大なアリアがあり、それに続いて二重唱、三重唱と延々と続く。それぞれの曲はものすごくかっこいいのだけど、とにかく長い。しかも音域が広い。最高音はファのシャープ、最低音はミのフラット、2オクターブ以上の音域で、オケがかっこよくどんじゃかやっている上でガンガン飛ばさないといけない。そして初挑戦になるカデンツァ、アカペラの三重唱。1500メートル走って200メートルダッシュしてすぐに500メートルハードル走って2分休憩してマラソン完走しろ、みたいな、まさに鉄人レース。

茫然としていたのは私だけじゃなくて、ロベール役のK田さん、アリス役のK保さん、イザベラ役の女房、ランボー役のS藤さんと、ソリストは全員、これは一体どう手を付けてよいものだか、と途方に暮れる時間がそれぞれにありました。音楽監督のN町さん、コレペティのS子ちゃんが根気強くフォローしてくれて、日本語訳もなんとかそろい、ひょっとしたら行けるかもしれない、と思い始めたのは11月末くらいから。それまで、通し稽古で最後まで喉がもったことは一度もなく、練習中にパニック状態になって声が出せなくなり、棒立ちになったこともありました。

追い詰められた時に結局立ち返るのは、基本、ということで、歌を見ていただいている立花敏弘先生のレッスンの頻度を増やし、コレペティのS子ちゃんにも付き合ってもらって、母音や高音のさばき方、フレーズの作り方などを細かく見てもらう。でも、そうやって先生のレッスンで出来たことが、ガレリア座の練習になると再現できない。フレーズが安定しない、喉に無理がかかって声がもたない。そんな状態の私を、練習会場の隅から見ていた女房が、

「キミはとにかく手がヘンな動きをする。ピョンコピョンコとヘンなタイミングで妙な動きをする。演技か、音楽のフレーズに合わせて動かしているつもりかもしれないけど、逆にフレーズを邪魔しているし、手が動くことでフォームがぶれてる。無意識の癖だと思うけど、その手の動きを封じなさい」

と言ってくる。言われるままに、右手をポケットに突っ込んで固定して歌ってみる。フレーズのブレが小さくなり、身体の軸が安定する。立花先生のレッスンで出来たことができるようになる。練習場にいた全員が、「全然違う」と言う。

解決方法としては理解できたけど、これをどうやって定着させるか。ずっと右手をポケットに入れておくわけにもいかんし、と思った時に、待てよ、右手をずっとポケットに入れている必然性を作ってしまえばいいんだ、と思い立つ。

客席にいたお客様で、気づいた方はほとんどいらっしゃらなかったと思うのですが、実はベルトランは、右手の爪が左手と違っていました。左手は普通の爪なのだけど、右手は、親指と中指と小指が金色、人差し指と薬指が黒くなっている。ビニールテープやら金色の折り紙を切り取って貼ってみたり、色々試行錯誤の結果、百均で購入したネイルを自分で塗ってこしらえました。

ベルトランは人間の格好をしているけど、悪魔なので、身体のどこかで人間と違う外見が残ってしまう。それが悪魔の力を秘めた右手の爪で、彼が何かしら悪魔の力を発揮する時は、必ず右手を使う。だから普段はそれがばれないように、右手をポケットに突っ込んで人目に触れないようにしている、というキャラクターを設定して、大事な時以外は右手をずっと固定するように決めました。ランボーから握手を求められた時にも、右手を出さずに左手を出す。そういう設定を自分で作り上げて、無意識に動いてしまう手の動きを、常に意識上に引き上げるように心がけてみました。

ほとんどオマジナイに近い、神頼みのような話ではありますけど、大噴火中の富士山山頂でブリザードに囲まれている身としては、神仏にでもなんにでも祈るしかない。結果がどうだったかはお客様に聞くしかありませんが、一ヶ月前には喉がもたなかったこの役を、なんとか最後まで歌いきることができたのは、この右手のオマジナイのおかげもあったのかも、と思います。

終演後、いろんな人にハグして、もう会う人会う人みんなに感謝するしかなかったのだけど、自分としては、ここで立ち止まっているわけにはいかない、次のステップにいかないと、と思っています。ヘンなオマジナイに頼らずに、自分の内筋、骨格の全てを意識下におけるように。無意識の動きを全て意識下におけるように。

大変に背伸びした役ではありましたけど、背伸びしたから見えるものがある。背伸びしたから、手が届いた達成感もある。一方で、見てしまったからこそ、届かなかった悔しさもある。だから背伸びを続けるし、日々の練習を続けるんだろうな、と思います。

支えてくれた皆さん、ご来場くださったお客様、一人一人に感謝しつつ、決して立ち止まらず、前へ、次へ。まだまだ背伸びし続けようと思います。素晴らしい時間と素晴らしい経験を、ありがとうございました。


カーテンコールでオケピットからもらった拍手には泣きそうになっちゃった。みんな本当にありがとう。