ガレリア座公演「シカゴ大公令嬢」そのに〜オペラ合唱団員として・娘のピットデビュー・緊張対策〜

今日は、6月1日のガレリア座公演「シカゴ大公令嬢」の感想文の二回目。今回の舞台に対する個人的な感想・雑感を。書き連ねてみたらすごく長文になっちゃいましたけど、一気に載せちゃいます。最後まで読んでくれる人がいたら、本当に感謝です。
 
・オペラ合唱団員として

今回、私はエピローグのみに登場する「謎の男」というセリフ役をもらいました。最後にちょっと出てきて、とっちらかったお話をちゃっと整理する役(なんだそりゃ)。オペラやオペレッタには、こういうちょっとした男性キャストを必要とする演目が多いです。一言二言、とても大事なフレーズを歌って引っ込む、という男性キャストがやたら出てくるのに、女性キャストはプリマとそのお友達と乳母くらい、なんてのが多い。そうなると、ガレリア座のような弱小団体は、常に男性合唱団員の確保に苦労することになる。出番の少ないセリフ役で歌える人は、合唱団員兼務が必須。ということで、国王役のE本さん、アメリカングリル給仕役のK下さんなどと一緒に、私も、キャストと合唱を兼務。

そうすると、すごく気を遣うのが、合唱団の中にいていかに「目立たない」ようにするか、ということ。私もE本さんもガレリア座創立以来の古株ですから、一部のお客様には面が割れているわけですし、「あ、あんなところにいる」と視線を向けられることで、肝心の真ん中で行われているお芝居への注意が失われたり、別の意味を勘ぐられたりするのは困る。ということで、普段はかけない大きな黒メガネをかけて変装したりしたのですが、それでも変に目立ってしまうと、「謎の男があんなところに変装して登場しているということは・・・」なんて余計な悩みをお客様が感じてしまうかもしれない。

ガレリア座合唱団の中ではよく、「ワル目立ち」という言葉を使うんですが、不必要に大きな芝居とか、意味ありげな立ち位置で、「あいつはなんであんなことをしているんだ?」と、お客様の目障りになってしまうことを避けないといけない。合唱団はあくまで、ソリストを際立たせる背景にならねばいけなくて、お客様の視線を集める対象になってはいけない。一方で、背景に徹してしまって無個性になるのもつまらないので、その場の雰囲気を作るための適度な演技も必要。さらに、美しい背景になるために、他の合唱団員と塩梅のいい距離もとらないといけない。

目立たず、埋もれず、全体のバランスを考えて・・・ということで、自分の立ち位置や演技には相当気を遣いました。プロローグでは、演技上ペアを組んだIさんがバレエ兼務の美人なのに助けられ、なるべく彼女の美しさを前に押し出してその影に隠れる。後方の台上近辺に演技スペースを限定してあまり目立たず、でもドラマが大きく動く時にはちょっと目立ってみたり・・・などなど。

自分の演技をどこまで抑制できるか、舞台空間全体の中での立ち位置をどう把握するか、という訓練としてはいい経験でしたけど、結果として、「ワル目立ち」しないでうまく立ち回れていたかは、実際の舞台をご覧になったお客様に聞いてみないとなんとも言えないところ。「え、Singさん、合唱団の中にいたんだ、気づかなかったなぁ!」と言われるのが最高の褒め言葉なんですけどね。実際、「あ、今の芝居やりすぎた」という瞬間も結構ありましたし、振付を間違えたり、音符が無茶苦茶になったり、というミスも多かった。オペラ合唱団員としては、あまり誉められたパフォーマンスじゃなかったなー、と思います。まだまだ修行不足。
 
・娘のピットデビュー

娘がチェロ弾きとしてガレリア座に参加したのは、前回の「うえの夏祭り」からなのですが、「うえの夏祭り」は別団体の企画へのゲスト出演でしたから、ガレリア座の本公演への参加はこれが初めて。そしてこれが彼女にとって、初めてオケピットに入る公演。8か月間という長い練習期間、自分の両親と同じ世代の大人たちに交じっての経験は、楽しいことばかりではなかったようです。

何より弾くべき曲が多い。タイトルロールのママでさえ、自分の出番以外の所はお休みできるのに、オーケストラは休みなし。しかも貧乏性の主宰が、オリジナル曲にさらに挿入曲まで加えて4時間を超える大作に仕上げちゃったものだから、オケの負担は半端ない。さらにバンジョーだのマンドリンだのハックブレッドだのの特殊楽器と合わせるストレス、さらにさらに、舞台上のジャズバンドとの合わせから、とどめは突然の指揮者交代。今回のオーケストラには次から次へと難題が降りかかり続けました。まだ中学生の娘が、直接そういう課題を解決しなければならないわけではないですけど、生まれた時からガレリア座に関わっている娘には、大人の団員の方々の苦労がちゃんと見えていたと思います。

チェロを始めてまだ1年半、まだまだテクニック的に追いつかないところを、チェロのトップのT原さんに丁寧にご指導してもらい、それでも中々解消しない色んなストレスは、娘が赤ん坊の頃からお世話になっている、合唱団のS夫妻が聞いてくれました。両親に相談するだけじゃなくて、自分のことを分かってくれる大人に話し相手になってもらうと、本当に開放された気分になるんだって。ちなみに、S夫人は、ガレリア座が「愛の妙薬」をやった頃、練習会場の隅で、ちょうど乳離れしたばかりの娘にいつも離乳食を食べさせてくれていた方で、我が家では「乳母」とお呼びしています。いつも娘の心の支えになってくれる、本当にありがたい人。

前日のリハーサルに初めて足を踏み入れたオーケストラピットは本当に楽しかったみたいで、「思ったより広いよ」「結構楽しい。秘密基地みたいなんだ」と、興奮気味に報告してくれました。ガレリア座の公演には、9歳の時、「美しきエレーヌ」で子役で参加、10歳の時にも、「ファウスト」の子役で舞台に乗ったけど、オーケストラでの緊張感は全然別のものだったそうです。

本番後の打ち上げで、新人団員さんが挨拶するコーナーで指名された娘は、物怖じせずしっかり挨拶をしていました。両親ともども感動。「エレーヌ」の打ち上げで同じように挨拶を求められた時には、緊張と恥ずかしさでビービー泣いちゃったのにね。時がたつのは本当に早い。そういえば、今回の舞台でも照明を担当してくれたマーキュリーのT西さんが、「僕が初めてガレリア座の照明をやらせてもらったのが、『天国と地獄』で、Singさんの娘さんはその時生まれたんでしたよね。僕のガレリア座歴と、彼女の年齢は一緒なんですよ」とにこにこ教えてくれました。子供はあっという間に育つなぁ。私が年をとるわけだよなぁ。それにしても、私と同い年のはずのT西さんは全然年を取らないんだが、何か秘薬を飲んでいるのだろうか。
 
・緊張対策

私のもらった「謎の男」(本当にそういう役名)は、いわゆる「デウス・マキナ」のように、お芝居を大団円を導くキャラクターで、逆に言えば、この「謎の男」がしっかり最後を締めくくらないと、このお芝居が終われなくなってしまう。出番は少ないけどそれなりに重要な役回り。ちなみに、こういう「身元不詳の謎の男」というのは、カールマンのオペレッタでよく出てきます。「マリツァ伯爵令嬢」の主人公タシロも、元貴族、という身分を隠して執事をやっていますし、「サーカス大公妃」というオペレッタでも、そのものズバリ、「ミスターX」というキャラクターが出てくる。古い貴族社会が崩壊する中で、身分の分からない謎の人物が突然現れる、という状況が生まれやすくなっているんですね。そういえば、「華麗なるギャツビー」のギャツビーもそういう正体不明の人物だなぁ。

「謎の男」のキャラやセリフについては、演じる私自身かなりこだわりを持って、演出家と、あーでもないこーでもないと議論を重ねながら、本番ぎりぎりまで詰めていきました。出番は少ないけど、思い入れのすごくあるキャラクターだし、セリフの一つ一つがとても大切。一言一句間違えたくないし、演技プラン通りにしっかりこなしたい。そんな風に思いつめて舞台袖で待機していると、ずんずん緊張感が高まってくる。さまざまな失敗のイメージがぐるぐる頭の中をよぎる。この終盤に来て、オレ一人の演技で、この芝居全体を壊してしまうかもしれない。くるっと回れ右して逃げ出したくなる。何度本番を経験しても、こういう緊張にはいつまでたっても慣れない。

というわけで、舞台袖で近づく出番を待ちながら、完全に浮き足立っておりました。と、突然、胸のポケットから何かがぽろっと落ちた。見ると、胸ポケットに差していた造花のバラの花の頭が取れちゃったのです。今まで一度も落ちたことがなかったのに、と拾って付け直しているうちに、急に落ち着いてきた。舞台に出てからこの花が落ちなくてよかった、今、舞台袖で待機しているうちでラッキーだったじゃないか、と。

本番にトラブルはつきものですけど、そんなに大量のトラブルが次から次へ襲ってくることなんかあんまりない。せいぜい一つか二つくらい。そのうち一つのハプニングが、舞台袖で起こったのなら、舞台上でトラブルに見舞われる確率はぐっと減る。これはいけるぞ、と。

・・・こうやって今から振り返ってみれば、実にくだらないこと考えてますねー。でも、舞台経験のある人たちにはそれぞれに、緊張をほぐすための暗示やジンクスがあるものだと思います。おかげさま、というかなんというか、「謎の男」では目立った失敗もせず、練習の時に組み立てたプラン通りに演技ができました。まだまだやりようはあるんだろうけど、とりあえず、6月1日時点で自分ができる精一杯は出せたかな、と思います。
 
サントリー公演を挟んで、久しぶりの通し狂言舞台だった、ということもあり、二回にわけて長々と感想文を書いてきました。ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました。そして、当日会場に足を運んでくださったお客様、舞台を一緒に作り上げていったガレリア座の仲間たち、ジャズバンドを初めとするエキストラの皆様、がっちり舞台裏を支えてくれた舞台監督のK藤さん、舞台方のS地さん、S藤さん、道具方のH川さん、照明のT西さん、音響のK山さん、ヘアメイク担当のラルテの皆様、その他サポートしてくださった皆様、本当にありがとうございました。

そして何より、タイトルロールのメアリー・ロイドをしっかり務め上げたわが女房どのに、お疲れ様でした。役をもらってから取り組んできたダイエットでの身体改造から、広い声域をカバーするための技術鍛錬、ダンスや所作、自作の衣装に至るまで、メアリー・ロイドというキャラクターを完成させるためにずっと積み重ねてきた時間の全てが、あの舞台に集約していたと思います。完璧には程遠いパフォーマンスだった、と、あなたはどこかで書いていたけど、胸を張っていい、今の日本でメアリー・ロイドをやらせたら、あなたの右に出る人はいないよ。

疲れ果てて帰宅する車の助手席で、娘は半分居眠りながら、「ああ、おわっちゃった、楽しかったなぁ」とつぶやきました。また一つ、家族三人の大事な大事な思い出になる舞台が終わり、そしてまた、三人それぞれが次のステージに向かって走り出します。これからも見守り、支えてやってください。舞台っていいなぁ。本当にいいなぁ。