「愛の妙薬」LAST METがこれで本当に嬉しい!

先週の1週間のNY滞在、自宅から車で30分のところにMETがある、という環境を最後に楽しむべく、ファミリーサークルの一番安い席で見てきました、「愛の妙薬」。これがもう本当に素晴らしい舞台でした。「愛の妙薬」は、ガレリア座で一度全曲上演をしたことがあり、私はドゥルカマーラを、女房はアディーナをやりました。先日「ファウスト」の時にも書いたけど、そういう経験を経て、序曲の最初の音から、ラストの音まで、体に浸みついている演目。女房と娘が先行して見ていて、「とにかく素晴らしい」と請け合ってくれたので、こんどは3人で行くことにしたのです。


こんなに天井に近い席、だけど大満足!

アメリカの観客にとにかく大うけだったのが、数年前の「連隊の娘」でその高音を惜しみなく披露し、昨シーズンの「オリー侯爵」でコメディ役者としても一流であることを見せつけた、フローレスのネモリーノ。偽の惚れ薬を飲んで歌う「ラララの歌」では、プレスリーを思わせるロカビリーの振りからバレエのステップなど、とにかくこれでもかとばかりに笑いを誘って場内大爆笑。完璧な高音はのびやかで、本当に無理なく、ナチュラルなポジションを身に着けていると思わせる。千秋楽の日の「人知れぬ涙」では、拍手とブラボーが鳴りやまず、とうとう指揮者が根負けして、もう一度「人知れぬ涙」を冒頭から演奏し、フローレスもそれに応えて超高音のアドリブを聞かせたのだそうです。パバロッティがキング・オブ・ハイCであったのなら、プリンス・オブ・ハイCとでも呼びたいルックスと軽やかさ。本当に素晴らしいテノールです。

「人知れぬ涙」の後に、アディーナとネモリーノの二重唱があり、これがオペラのクライマックス(すれ違っていた二人が、とうとうお互いの本当の恋心に気付く)となるのですが、「人知れぬ涙」がここまで熱狂的に受け入れられてしまうと、その後のアディーナは相当大変だと思う。そこを、「違う、こここそこのオペラのクライマックスなんだ」という緊張感と納得感で満たしてくれたのが、ダムラウのアディーナ。ダムラウについては、以前から女房が目をつけていた実力派ソプラノなんだけど、私は本舞台を見るのは初めて。声の豊かさ、その豊潤さを失わないままに音量だけがきゅうっと絞られていく、ピアニッシモなのに、豊かに豊かに会場全体を包み込むまさにクリーミーボイス。このオペラは、アディーナが自分の本当の思いに気付いて変化していく、その変化がドラマの軸になるのだけど、冒頭のおきゃんさから、ラストで女性を感じさせる声の表現の幅と確かな演技が、本当に素晴らしい。

妙薬は、この2人を軸にして、ドゥルカマーラとベルコーレ、という脇役の4人のアンサンブルオペラでもあるので、この4人のバランスも問題になります。その点、バス・ブッフォの名手、アレンサッドロ・コルベッリのドゥルカマーラには安心して聴ける安定感がありましたし、何より、ベルコーレを演じたマリウス・クヴィエチェンが素晴らしかった。ベルコーレが魅力的じゃないと、アディーナがあてつけに結婚相手に選ぶ必然性がなくなってしまうのですが、クヴィエチェンはドン・ジョバンニを演じるイケメンバスで、なおかつ演技にとてもキレがある。キレよく自信過剰の将校を演じるから、とてもうまく2.5枚目のベルコーレのキャラにはまる。声の響きの素晴らしさは文句なし。

4人のソリストのバランスもよく、色彩鮮やかでまるでおもちゃ箱のような舞台や演出もとてもセンスがよくて、家族三人大喜びで帰ってきました。娘は、先日「ファウスト」の新解釈の舞台が気に入らなかったこともあって、かなりオーソドックスで楽しいこのプロダクションがとても気に入り、「ひょっとして、『愛の妙薬』って、今まで見たオペラで一番好きかも」まで言い出しております。「愛の妙薬」のこのプロダクションは昔のプロダクションで、今年は新プロダクションがデビューするらしく、なんだか名残惜しい気がします。しかもそのアディーナはネトレプコらしい。最近、METというとネトレプコがポスターになっていて、当たり役のマノンを演じた妖艶な表情のネトレプコのポスターが、NYの至るところに貼られています。娘はとうとう、ネトレプコを、「うっふんおばさん」と呼ぶようになってしまった。先日行った新宿のピカデリーで、ライブビューイングのポスターがこのネトレプコだったのを見つけて、「新宿にうっふんおばさんのポスターがあるよ!」と騒いでいました。若手ソプラノだったんだがなぁ。

2年間の滞在中、とにかくMETには行きまくりました。時々はずれもあるけれど、総じて安定しているパフォーマンスの質の高さ、世界的なキャストを惜しみなく並べる贅沢な舞台が、30ドル前後で楽しめてしまう、しかも、そんな場所が、車で30分の場所にある、となると、「なぜ行かないのか、行かない理由が見当たらない」(ボストン在住のMさんに言われたセリフ)。並べてみれば、

・ボエーム
・椿姫
魔笛
コシ・ファン・トゥッテ
ランメルモールのルチア
セビリアの理髪師
愛の妙薬
ファウスト
ヘンゼルとグレーテル

と見たから、シーズン中はほとんど毎月行ってた勘定になるね。その最後を、大好きな「愛の妙薬」、それもこんなに完璧なプロダクションで締めくくることができて、本当に幸せでした。たくさんの素敵な時間を本当にありがとう。また何かの機会でNYを訪れたら、またぜひ足を運びたいと思います。


MET、さようなら、そして、また絶対来るからね!