NJ交響楽団演奏会〜オラが街のオーケストラ〜

アメリカ合衆国っていうのは、日本語訳としては間違ってるんじゃないの、という話を、英語を習いたての頃に教わったことがありました。United Statesというのは合州と訳すべきで、独立性の高い州が集まって一つの国をなしているアメリカのあり方を示している。でも、一方で、マンハッタンあたりの街角を歩く様々な人種の人々を見ていると、合衆国という翻訳にも結構納得する、という話。

女房が先日、ネット上で、我々の住んでいるNorth Bergen Countyでの演奏会情報を調べていて、「車で10〜20分くらいの所に、Bergen Performing Art Center(PAC)というホールがあるらしい」と言いだす。ちょうど、日曜日に、NJ Symphony Orchestra(NJSO)の演奏会があり、バレエ曲ばかりを取り上げた演奏会だという。娘もよく知っている、「ファウスト」のバレエ曲も出てくる。地元のホールがどんなものなのか見に行くのもいいね、ということで、早速家族3人で行ってきました。

NJの中には、同じように、Performing Art Center(PAC)の名前の付いたホールがいくつかあり、Bergen PACは、その中の一つ。最も大きなNJPACは、ニューアーク市にあるそうです。我が家からフォートリーを通り抜け、そのまましばらく北上、少し西の内陸に入った所にある、Englewoodという街の中に、Bergen PACがあります。我が家からは、車で20分かからない。

Englewood近辺は広大な敷地の建物が立ち並ぶ高級住宅街ですが、マンハッタンにつながる電車が走っている街の中は色んな商店が充実していて、中々住みやすそうな街。そんな普通の商店やレストランと同じ並びに、街の映画館のような感じで、突然Bergen PACのピンク色のロゴの付いた玄関が出てくる。調布のグリーンホールとか、たづくりあたりよりももっとこじんまりしてるね、と言いながら入場。開演20分前くらいについたのだけど、入り口近くはお年寄りたちで一杯。我々が入っていく時にも、絨毯に足を取られてすっ転んでしまうおじいちゃんとかがいて、日本のクラシックファンよりもかなり年齢層が高いなぁ、という印象。

会場内に入ると、演目のせいもあるのか、子供連れの家族もちらほら見かける。内装はかなり重厚で、たづくりやグリーンホールと一緒にしちゃうと失礼なくらい立派なホールです。我々は二階席だったのですが、舞台と二階の距離がすごく近い。一階席を見下ろしてみても、舞台と客席の距離がとても近い感じがします。舞台の奥には反響板はなく、ただの黒の幕が下りているだけ(舞台天井には反響板が仕込んでありますが)。古いオペラホール、だけど、バレエなんかもやっちゃうぞ、という、中々いい感じのホール。キャパは1300、とのこと。音もとてもしっかりしている。


こんな感じ。舞台両脇の張り出し窓がなんだかレトロ。

NJ交響楽団と言うから、日本でいえば関東近県あたりの地方交響楽団くらいな感じかな、と思っていたら(なんていうと失礼だけど)、冒頭のチャイコフスキーの「花のワルツ」から、とても爽やかで瑞々しい音が響いてびっくり。「ファウスト」のバレエ曲もスピード感があってなおかつ流麗。それでいて、老練な感じがしない所が、アメリカっぽい、というべきか、NJだから、ということなのか。

「バレエ曲を指揮するのは非常に難しくて、ダンス上の要求と音楽をすり合わせないといけない。今日のダンサーは、理由もなしに昨日よりも高く飛んじゃうかもしれない。一度飛んでしまったら早く降りてこい、とは言えませんからねぇ」とか、「今日は、ダンサーがいないオケだけの演奏会ということで、僕にとってはリベンジ演奏会なんです。ちなみにバイオリンソロはバレリーナのソロだと思って聞いてあげてください。コンマスはチュチュを着てませんが」なんて、ジョークを交えながらの指揮者のMCも楽しい。ところどころに、朗読担当の二人の俳優さんが出てきて、「牧神の午後」に対するフランスの当時の劇評を芝居っ気たっぷりに読み上げてみたりする構成も飽きさせない。

演奏会の最後には、「今シーズンからオケに加わってくれた新人団員をご紹介します」という声に合わせて、新人団員が立ちあがり、聴衆からの拍手を浴びる。同時に、「今まで25年間、ずっと欠かさず我々の演奏会に来て下さっている皆さん、客席で立っていただけますか」という声に応じて、たくさんのお客様が立ちあがり、会場全体から温かい称賛の拍手が送られました。まさに、「オラが街のオーケストラ」。

米国では、老舗のフィラデルフィア交響楽団が破産の憂き目にあい、「地方オーケストラは絶滅危惧種か?」なんて公開討論が開かれたりしています。実際、全世界から観光客とオペラファンを集めるMETなんかの多様な聴衆に比べると、NJSOの演奏会に集った聴衆は明らかに高年齢化している。日本の農業ではないけれど、この人たちが支えているオーケストラに未来はあるのか、と心配にもなります。

でも、客席と舞台が一体になって、音楽を作る楽しみ、聴く楽しみを共有している時間、というのは本当に心地よくて、なんとかこういう活動が、全米各地でずっと続けられるといいなぁ、と思います。愛聴しているNYのクラシック専門FM局、WQXRが先日、活動継続のためのDonationを募っていて、そこで、WQXRの社長が、自分のエピソードとして、こんな話を紹介していました。

「私の祖母は毎週土曜日、家の中を掃除しながら、WQXRをかけっぱなしにしていました。土曜日の午後、欠かさず流れるオペラのライブ放送を聴きながら、プリマのアリアに涙し、聴衆と一緒に、掃除の手を休めて拍手をしていました。そして、私の母も、私自身も、WQXRを聴きながら成長しました。WQXRの土曜日のオペラライブ放送は、世界でも最も長いラジオ音楽番組の一つです。これはNYの伝統なのです。この伝統を守るために、皆さんのご寄付をお願いします。」

歴史の浅い国だからこそ、それぞれの土地、それぞれの州の独自性と伝統にこだわる。それ自体には賛否両論あるかもしれませんが、落ち着いたレトロな内装のホールの中を包んだIntimateな空気は、決して排他的なものではない、もっと温かいものでした。異邦人の私も、オラが街のオーケストラの活動を応援していけたらいいな、と思います。