「秋の花」〜命の脆さ、命の強さ〜

娘が生まれたばかりの頃に、女房が、「子供っていうのは本当に簡単に死ぬんだから、気をつけないと」とよく言っていました。女房の実家は小児科医なので、本当にあっけないほど簡単に失われてしまったり、救いようもなく傷ついてしまう小さな命を、間近によく見ていたそうな。

実際に、生まれたばかりの赤ん坊は本当に無防備で、大人の親指ほどしかない掌なんか、ちょっとした不注意であっという間に潰れてしまう。小さな親の不注意やちょっとした偶然が、子供の一生を左右したり、あるいは命そのものを奪ってしまう。

でも実は、赤ん坊に限らず、人間の命というのは本当に儚く、脆いものなんだ、ということを我々に教えてくれたのが、天使になったFちゃんでした。脆く、儚い命が、今、生きているというそのこと自体が、奇跡なのだ、ということを、我々はFちゃんから教わりました。今生きている我々自身の人生がいくらかでも輝いて思えるのは、Fちゃんのおかげだといつも思います。

ぶらりと行った図書館で、また誰か新しい作家を開拓してみようと思い立ち、題名の清清しさと、久世光彦さんの巻頭言にちょっと惹かれて、手に取ったのが、北村薫「秋の花」。すっきりとした題名そのままに、涼やかでありながら、しっかりと重い、いい本でした。

あまりにもあっけなく、脆く失われるかけがえのない命と、その喪失に関わったことで、自分自身を支えきれなくなった命。一応体裁は推理小説なのだけど、推理小説っぽい謎解きのスリルはほとんどなく、むしろ、最後の謎解きのシークエンスが取ってつけたように思えるほど。それでも、ホームズ役の円紫さん(落語家、という設定が実によい)の清潔感ある存在感のおかげで、全体のトーンが壊れてしまうところまでいかない。この円紫さんの透徹した人間観察と人生観を通して、もう一つの大きなテーマ・・・「人は人を許すことはできなくても、救うことはできる」というテーマが感動的に立ち現れてくる。命は脆いけど、その命を救う強さを持つのも、人の命。そんな強さを持っているのが、「母」である、という所がまた感動を深くする。

ラストの一行に、祈りにも似た思いを抱いて、思わず胸が熱くなりました。割と軽く読めるジュブナイル風な設定と文体なのに、文章は含蓄に富んでいてしっかりした読み応えがある。こういう思わぬ拾い物があるので、図書館通いはやめられないよね。北村薫さんの他の作品も、追いかけていこうと思います。