「ちりとてちんメモリアルブック」〜編集者の意地と矜持〜

世の中には色んな雑誌や色んな本が溢れていて、そういう書物を作る上で、編集者という存在が非常に重要である、というのはよく言われること。私の場合、女房が元出版社の編集者だった、ということもあるし、高校時代の友人の新保信長氏が編集者として有名になった、ということもあって、昔から、編集者、という職業には特別な視線を注いでいたりする。

私の兄が作家としてブレイクした「白洲次郎〜占領を背負った男」を出版する際にも、講談社の編集者の方にものすごくお世話になって、その方のアドバイスの一つ一つが、完成した作品に大きな影響を与えていることに驚きました。うちの女房とも時々話をするのだけど、幻冬舎見城徹さんのように、既にビッグネームの作家や有名人に交渉して話題作を書かせる、という、「イベント創設型」の編集者もいれば、私の兄を作家に育ててくださった編集者の方のように、まだ無名の作家の卵を売れる作家に育てていく「育成型」の編集者もいる。編集者、と一言で言っても実に様々。

新保くんと一度話をした時に、なるほどなぁ、と思ったのだけど、彼のようなフリーの編集者は、いくつか本の企画を持っていて、それを出版社に売り込むんですね。「xxが書いたこの作品を世に出したい」という企画もあるだろうし、「こういうテーマで統一されたムック本を作りたい」という企画もある。作家に寄れば「育成型」になるし、企画に寄れば「イベント創設型」になる。

どちらにせよ、出版=書物、というものの背後には、その書物を作り上げる編集者の情熱、というものが欠かせない。この作品は絶対に世に出さねば、という意地。この作品は絶対にいい作品だ、という自信。私がやらないで誰がやる、という矜持。本を作るってのは、そういう情熱のなせる技なんだよなぁ、というのを改めて実感したのが、この週末に家族して読みふけってしまった、「ちりとてちん」メモリアルブック。

そもそも、このメモリアルブックを出版した雑誌、「ステラ」というのは、NHKの放送中の番組の広報誌として存在している。従って、既に放送が終了してしまった作品について本を出版する、ということ自体、雑誌の存在目的からは外れた行為なんだそうです。この前代未聞の企画を実現させてしまったのが、この「ステラ」で、「ちりとてちん」の取材を担当していた、国友茜さん、という番記者一人の「情熱」である、ということにまず驚く。

NHKという、ある意味お堅い公益企業が作っている雑誌ですもの、この常識外れの企画を通すのには、並大抵のエネルギーでは到底足りなかったと思います。それだけのエネルギーを注いでも、この本を作らなければ、作るべきだ、と思わせた、という点、そしてその情熱を、周りのスタッフが支持した、という点で、「ちりとてちん」というのは本当に、NHK朝ドラの歴史に残る秀作だったんだなぁ、という認識を新たにする。それにしても、このメモリアルブック、国友さんの思い入れそのままに、「ちりとてちん」という作品への愛情と、この作品に関わった全ての人たちに対する感謝に溢れていて、ものすごく読み応えのあるムック本になっています。

中でも面白かったのが、作品のいたるところに散りばめられた上方落語の元ネタを紹介するコーナー。それ以外にも、様々な伏線や裏話が満載で、それを知ってからドラマのシーンを思い起こすと、また新たな感動や発見がある。演出家の方が、「朝の時計代わりに流されるドラマにしたくなかった」というコメントを寄せてらっしゃいましたけど、実際、「ちりとてちん」が流れていると画面から目が離せなくて、家事がはかどらないから、と、録画して後でゆっくり見る人も多く、視聴率が悪かったのはそれも一因では、という話があったそうな。

ドラマや映画のムック本、というのは、作り手の愛情だけで作られるものとは限らないですよね。放送局やタレント事務所、映画会社なんかのマーケティングや色んな思惑で左右されることも多いし、出来上がったものも適当な取材のせいで中途半端に終わってしまうことも多いもの。そういう中で、ある意味、「ムック本を作り慣れていない」、「ステラ」という雑誌のスタッフが作ったこの本が、作品に対する愛情に溢れた理想的な「ムック本」になっているというのも面白かった。もちろん、身内が作ったドラマのムック本だから、取材は楽、という要素は否定しないけど、それを差し引いたとしても、純粋に「ドラマの1ファン」としての視点でマニアックに書かれた、「そうだったのか!」という情報がテンコ盛り。まさしく、「身内だからこそ作れる」「私にしか作れない」一冊。

本、というものを作り上げていくのに、編集者、という人種が持つべき情熱、意地、矜持・・・と言ったものを、改めて感じた一冊でした。国友さん、ステラの編集部の皆さん、本当に素敵な、NHKの歴史に残る一冊をありがとうございました。この本片手に、DVDまた見直してみます。