「ちりとてちん」〜裏方ってのは素晴らしい仕事なんだよ〜

ちりとてちん」終わっちゃいましたねぇ。関東地方では歴代朝ドラの視聴率の最低記録更新、なんて言われてますけど、逆に、視聴率というのが作品の良し悪しを測る指標としてふさわしくない、というのがこれで証明されたような気がする。練りに練られた脚本、15分間ワンシーンその他、朝ドラの歴史に残る思い切った演出、出演者のTシャツの1枚1枚にまでこだわった遊び心、そして、一人ひとりの役者さんの存在感。今朝も、うちの女房が、「今朝から『ちりとてちん』がない・・・」と呆然としておりました。DVDが出たら、初回からきちんと見直さないと、前半で見逃した回が多すぎる。今から楽しみ。

あの最終回には賛否両論あるだろうな、と思ったら、ネットチェックも怠りない女房が、「そりゃあ色んな意見があったよぉ」とのこと。実際、若狭ちゃんが、女流落語家の道を「諦めた」、と解釈してしまった人からすれば、「女性はやっぱり家庭に入れってことかよぉ!」という反発も来るだろうな、とは思います。

でもねぇ、若狭ちゃんは別に、「家庭に入る」ことを選択したわけでも、女流落語家の道を「諦めた」わけでもないんだよ。ステージの真ん中にいる落語家さんたちに、舞台裏からスポットを当てる、裏方としての生き方を「選んだ」んだよ。「ひぐらし亭」のお母ちゃんになる、という仕事を、自分が一番「ぎょーさん笑える」仕事として選んだんだ。そういう若狭ちゃんの選択、というのは、同じく、舞台の裏方仕事をやっている人間としては、すごく嬉しい選択なんだよね。

「舞台上で輝いている自分、というのも素敵かもしれないけど、舞台裏から、人を輝かせる仕事はもっと素晴らしい」というのは、「ちりとてちん」というドラマ全体を通して流れる大きなテーマ。落語と並ぶ2本目の柱だった、若狭塗り箸、という題材そのものが、「どんな美味しいもんも、お箸がなかったら食べられへんからねぇ」という糸子さんのセリフにもあるように、「地味な脇役がいてこそ主役が輝く」というテーマを象徴している。

そういう、舞台裏から人を輝かせる仕事の究極の形が、「お母ちゃん」である、というテーマを、半年間全くぶれることなく貫きとおした、という意味でも、まれに見る朝ドラだったと思う。母親であることとキャリアウーマンであることの両立に悩んだり、仕事や恋のために母性を犠牲にする苦しみに悩む女性を描くことが多いドラマ世界において、ここまでまっすぐに、「お母ちゃんになる」ことの素晴らしさを描ききったドラマというのも珍しいよねぇ。もちろん、和久井映見さんという素晴らしい役者さんがいたからこそ、描ききれた、という部分もあると思うんだが。

若狭ちゃんが選び取った、「ひぐらし亭のおかみさん」という職業も、裏方仕事をやっている私から言わせれば、すごく大変で、すごくやりがいがあって、素晴らしい仕事なんだよ。それこそ、お母さん仕事と両立させるのは至難だと思う。自分が裏方仕事をやっていて常に心掛けることは、舞台上の出演者さん達をどれだけ心地よく、どれだけストレスなく舞台に送り出せるか、ということ。そうやって舞台上で輝いている出演者を見つめていると、時々、自分が父親や母親になったような気持ちになることがあります。出演者の人たちにはとても失礼なことかもしれないけど、そうやって手がけた舞台の一つ一つが、自分の子供を育てるように苦労とハプニングの連続で、だからこそまさしく、自分の子供のように愛おしいものなんです。

ステージの真ん中で輝く人生は、確かに素晴らしい人生でしょう。でも、そんな人々を裏から支えることが、どれほど豊穣で素晴らしい生き方であることか。人を支えることの素晴らしさ、人に支えられることを感謝することの素晴らしさ、そして何よりその中でも、自分を支えてくれたのが、「お母ちゃん」であることに気づくことの素晴らしさ。ラストシーンの若狭ちゃんの笑顔は、母親になった充実感と、自分の選択に対する満足感に満ち満ちて、本当に美しい笑顔でした。貫地谷しほりさんって、綺麗な方だったんだなぁ、と、今更のように実感。

それでも、脚本家の藤本有紀さんは、この結末がもたらす否定的な意見にきちんと配慮していて、女社長として活躍するA子ちゃんや、すっかり小次郎さんに主夫業を任せている奈津子さんなどを脇に配することで、様々な女性の生き方の選択肢を示してくれている。誰でも、それぞれに、「ぎょーさん笑う」ことができる人生の選択がある。不器用な人間たちが、何とか「ぎょーさん笑う」ために右往左往しながらつかみとってきた人生は、「ほんまにおもろい」。そんなおもろい人生たちは、一つ一つが、塗り重ねた箸の模様のように輝いている。

いくつものエピソード、何人もの登場人物が絡み合いながらも、しっかりと一貫したテーマの中で完璧に織り上げられた、まさしく「大団円」という最終回。これは間違いなく続編が作られるだろう。DVDも買わなきゃならんが、続編も楽しみ。ドラマの真ん中で輝いていた出演者の方々も勿論のこと、この素敵なドラマを支えていた全ての裏方さんたちに、半年間、本当にお疲れ様&ありがとうございました!