「のだめカンタービレ」〜脚本家の仕事〜

漫画を原作とする映画やドラマ、というのは色んな楽しみ方があると思います。演じる役者さんで楽しむ楽しみ方、というのは多分、一番一般的なんでしょうね。あの役者さんがこの役をどう演じるんだろう、というのは、役者にとっても一つのチャレンジ。漫画に描かれたキャラクターに自分自身をどこまでも近づけていく人もいれば、役者自身の個性に引きつけてしまう人もいる。小説と違って、漫画の場合には映像化されたイメージが既に存在しているから、外見を似せるところからアプローチしやすい、というメリットもあるけど、それだけイメージが確立しているだけに、逆に自分の個性が出せなくて難しい、という側面もある。「ガラスの仮面」の月影先生を演じた野際陽子さんなんか、まさに「はまり役」だったけど、「課長 島耕作」の映画版の田原俊彦ってのはどうなんだ?ってのはあったな。ドラマ版の宅間伸も、果たしてどうなの、という話はあったが。そういう意味では、以前女房と「こりゃすごい」と盛り上がっていたのが、ドラマ版の「動物のお医者さん」。おばあちゃんが岸田今日子さんだ、というだけで「そのまんまじゃん」と盛り上がったけど、菱沼さんの和久井映見を見てさらにぶっ飛んで、ハムテルのお母さんで真矢みきさんが出てきたところでとどめを刺された気がした。あそこまで原作に忠実な配役にこだわったドラマもなかったよねぇ。

で、巷で話題の「のだめカンタービレ」。配役のこだわり、というのも立派なもので、のだめ役の上野樹里さんも(とても上手なピアノ演奏も含め)しっかりのだめに見えるし、玉木宏さんというのも(多少野性味が勝っている気がするが)ちゃんと千秋さまに見えなくもない。シュトレーゼマンには賛否あると思うけど、今の日本でシュトレーゼマンをここまで演じられる人は竹中直人さん以外いないでしょう。伊武さんがシュトレーゼマン、という手もあった気もするが、ちょっと色気が勝ちすぎて、無邪気さがなくなっちゃうしね。

ただ、このドラマを見ていて、何と言っても印象的なのは、非常に原作に忠実なセリフとストーリー展開。多少、TV用にデフォルメされた部分はあるものの、ほとんど原作のセリフをそのまま忠実になぞっている印象がある。脚本家の仕事の一つが、いいセリフを書くこと、であるとするなら、この衛藤凛さんという脚本家は、その部分を意図的に放棄している。原作にないセリフは、原作が漫画的手法で説明を省略した(あるいは省略できた)場面の説明を加えるために付け加えられていることが多く、この脚本家が、あくまで、原作の漫画をいかに忠実にドラマ化するか、という所に意を用いていることが分かります。

こういう感覚ってのは、漫画を原作にすることが多かったアニメの世界では、ある程度常識的な感覚だった気がします。特にストーリー性の強い漫画を原作にしたアニメの場合、「あしたのジョー」にせよ、「コブラ」にせよ、「めぞん一刻」にせよ、原作のセリフやシチュエーション、時には原作のコマ割りまで忠実に再現した場面が結構ありました。今回の「のだめカンタービレ」にせよ、CGを使って原作のコマ割りを忠実に実写化している場面もあって、頑張ってるなぁ、と思う。

じゃあ、この脚本家はサボっているのかよ、というとそういうわけでもなくって、原作の中の様々な印象的なシーンやエピソードを「再構成」する所に仕事の中心を持ってきている。原作では2巻の途中まで登場しなかったシュトレーゼマンさんが、冒頭から物語に参加してくる所の自然な処理、千秋くんがSオケの正指揮者になるエピソードと、桜ちゃんのエピソードを一つにまとめていく処理とか。

結局、いい意味でも悪い意味でも、原作の力がすごく強い、ということなんでしょうけど。魅力的な原作で、改変が難しい、という部分もあるし、人気が高い分、ファンからの圧力だってある。そうなると、脚本家の仕事としては、自分自身も原作のファンの立場になりきって、「この場面、このセリフをどうやってTVドラマの枠の中で活かすか」という視点から再構築していく「職人さん」に徹するしかない。

それを脚本家の創造力の放棄、と否定する向きもあるようです(ドラマの原作に漫画が多いことに対して脚本家の立場からの批判的な声も聞いたことはある)けど、そういう職人的な仕事を上手くこなせるかどうか、という能力って、相当貴重な才能なんじゃないかと思うんです。原作のファンからの期待と、TV局側の制約、出演者の所属事務所の意向(各出演者の露出を平均化しないといけない、とか)、色んな要素を考慮しながら、原作を再構築していく。「ああ、まさに『のだめ』そのものだ」とファンには思わせ、初めてこのドラマを見る人にも分かりやすく、出演者の所属事務所も制作側も満足させる。それでいて、ドラマの質も一定以上のものを実現する。

これはほんとに大変な仕事だぁ、と思うのだけど、出だしの3話を見る限り、衛藤凛さんという脚本家は、そんな困難な仕事を、とても上手にこなしてらっしゃると思います。何より、出演者の皆さんが、なんだかすごく楽しそうにエキセントリックな役柄を演じているのが伝わってきて面白い。もう一つ、とても頑張っているなぁ、と思うのが、「ヘタな演奏」を実演しているプロの演奏家の方々。千秋くんがSオケを初めて振るシーンとか、ほんとに上手にヘタクソで笑ってしまった。

娘はシュトレーゼマンさんのヘンな顔と、オープニングとエンディングに出てくるマングースの着ぐるみ(娘は「りすぶー」と呼んでいる)が好きで、けらけら見ています。これからもあの原作をどこまでも忠実にドラマ化していくのか、それともどこかで、オリジナルのエピソードが加わってくるのか…しばらく目が離せない感じです。