上江法明リサイタル〜ファミリー・コンサート〜

以前、山口俊彦先生とのデュオ・リサイタルをお手伝いした時に、その美声に圧倒されてしまった上江先生。山口悠紀子先生の「ラ・ムジカ・フェニーチェ」のシリーズにご出演される、というので、これは聞かねば、と行って参りました。6月7日、大田区のアプリコ小ホールでのリサイタル。

冒頭からノリノリの「フニクリ・フニクラ」で開幕。客席も冒頭から乗ってきて合唱してしまう。普通、こういうリサイタルで、客席に声を合わせて歌いましょうってのは、客席が充分温まった後半か、リサイタルの最後の最後に持ってくるイベントなんだけど、上江先生は冒頭からどんどん客席に振っちゃう。でもお客様も乗ってきちゃうんですね。それだけ客席を掌握できる、やれちゃう自信があるってことなんだろうなぁ。

本当にタレント性のある方で、MCはほとんど漫談状態。客席は常に爆笑に包まれているのですが、舞台上の歌声は深く、輝かしく、豊かで、陰影と表現力に富んでいる、一級の歌声です。なじみの深いイタリア歌曲も、ドラマティックな生命力で歌い上げられ、オペラのアリアはまさにその場面を彷彿とさせる見事な表現力。

特に素晴らしかったのは、後半のプログラムで歌われた、高田三郎先生の「一人の対話」という歌曲集。前半の難易度の高い内省的な歌曲たち。それも、高野喜久雄先生の深い人生観を簡潔に語った重い詩。それが、後半の2曲になって、叙情的でありながら開放感のある美しい旋律に取って代わった時に、内省と独白の末に逆に外へと開放されていく精神の自由が歌い上げられていくような。素晴らしく美しい歌曲たちのメッセージと世界を、クリアで豊かな日本語歌唱で、上江先生はしっかりと客席に届けてくれました。

終盤、リゴレット抜粋からアンコールに至るあたりは、上江先生と息子さんの上江隼人さん、そして息子さんの婚約者(本当に美人!)のお三方が舞台に上り、それぞれの美声を聞かせてくださいました。まさしく歌手家族。普通、ファミリー・コンサートっていうと、客席に子供連れを招いた家族向けコンサートのことですけど、今回は、舞台上にご家族が揃ってのファミリー・コンサートです。隼人さんも柔らかさと輝かしさを兼ね備えた素晴らしい美声。最後に3人で歌われたメリー・ウィドウワルツは実に聴き応えがありました。

終演後、大田区民オペラ合唱団の方々が声をかけて下さり、打ち上げ会場にお邪魔する。偶然、帰りの電車でも、上江先生と、隼人さん、それに、隼人さんの芸大の同級生という、大田文化の森合唱団でもお世話になった藤丸崇浩さんとご一緒になり、歌論議に花を咲かせました。

「僕はね、イタリアで勉強した時についた先生のレッスンを、全部録音してあって、家に数十本のカセットテープが保存してあるんですよ。それをね、こいつ(息子さん)が、いつのまにか全部聴いてるの。それで、今度は、『この先生に習ってみたい』って言ってくるんだよ。どうかなぁ、と思ったけど、イタリアに留学してレッスン受けてきて、帰国してみたら、本当に上手になってたねぇ」

そんなお話をされる上江先生は、同じ道を選んだ息子さんへの愛情と、婚約者への気遣いに溢れた、本当に優しいお父さんのお顔をされていました。

一級のパフォーマンスをこなす方というのは、パフォーマンスに対して謙虚です。舞台に対して、お客様に対して誠実です。その謙虚さや誠実さが、普段の人柄にも現われるのでしょうか。温かな先生のお人柄そのままに、明るく楽しい舞台に大いに笑い、大いに楽しみながら、「ホンモノ」のパフォーマンスを楽しめた一晩でした。上江先生始め、ご出演の方々、スタッフの方々、楽しい時間を、本当にありがとうございました。