新宿オペレッタ劇場 「イゾリーヌ」〜西欧流「スラップスティック」ってさ〜

今日は、インド帰りのヘロヘロ状態で見に行った、新宿オペレッタ劇場「イゾリーヌ」です。

イゾリーヌ(王女):嶋粼裕美
イゾラン(王子):星野恵里
オベロン(妖精の王):清水良一
ティターニア(妖精の女王):三塚直美
アマラソント女王(イゾリーヌの母):北澤 幸
ロゼリオ(女王の家来)&ダフニス:猪村浩之
ヴィオラント(イゾリーヌのお付)&美しき娘:小田切一恵
ニセット(イゾリーヌのお付)&クロエ:横井香奈
修道女(語り役):大津佐知子
新宿オペレッタ劇場合唱団(合唱指揮 大津佐知子)
ピアノ:児玉ゆかり
日本語訳詞:千野由紀子
照明:寺西岳雄(マーキュリー)
美術:長谷部和也
ヘア&メイク:松本良輔(ラルテ)
演出補:越智伊穂里
脚本/演出/制作:財団法人新宿文化・国際交流財団

という布陣でした。

昔、「不思議の国のアリス」とかを読んで、なんか西欧人の考えるハチャメチャって、ほんとにハチャメチャだなぁ、と、妙に感心した記憶があります。「モンティ・パイソン」とかのスラップスティック・ギャグとかを見ていても、何を考えているのかまるで理解できない時間と空間のぶっとび方。こういう所に、文化の違いとか、思想の違いみたいなのが出て来るんだよなぁ。

同じような感覚って、例えば、モーツァルトの「魔笛」とかにも感じていて、場面と場面の間の必然性や、登場人物がどうしてこのシチュエーションに置かれねばならないのか、という、ドラマツルギーの必然性みたいなものが全部ぶっ飛んでいる気がするんですよね。「魔笛」の場合、もともとの成立過程がハチャメチャだったので、あんな無茶苦茶な脚本になった、という話もあるようですけど、それを差し引いても、西欧のファンタジーの持つ「ぶっ飛び」感というのはあんなものなんじゃないかな、という気がします。今回、新宿オペレッタ劇場の「イゾリーヌ」を見て、なんだか「魔笛」に通じる西欧流スラップスティックの「ぶっ飛び」ぶりを楽しめた気がしました。

実際、どことなく雰囲気は「魔笛」に似ている気がするんです。オベロンとティターニアの夫婦喧嘩のために、様々な試練を受けるイゾリーヌとイゾランの関係は、夜の女王とザラストロの間に引き裂かれ、試練を経て結ばれるパミーナとタミーノの関係性に類似している気がする。全体のファンタジックな雰囲気も共通してますしね。

そういう、西欧流「スラップスティック」、あるいはファンタジーの一つの類型をなぞりながら、「イゾリーヌ」というオペレッタ、どこまでもどこまでもお洒落な空気が漂います。流麗な楽曲ももちろんなのですが、オペレッタの基本である、「大人の遊び」の要素があって、それがとてもお洒落なんですね。オペレッタというのは、青春だの愛だのといった若々しい題材を描いていたとしても、基本の視線は成熟した大人の側にある。そういう構造を明確に示すために、多くのオペレッタでは、「若者たち」と、それを見守る「大人たち」という二重構造をとることが多いように思います。ドラマは若者達を軸に巡りながら、視点はあくまで「大人たち」の側にある。若々しく、青臭い若者達の恋愛模様を、成熟した視線で見守っている登場人物がいて、観客の視線は、むしろその成熟した視線の方にある。

今回の「イゾリーヌ」でも、その構造は存在していて、イゾリーヌとイゾランという若者の愛を、ことあるごとにコントロールしようとするオベロンとティターニアの存在が、「大人のカップル」としてとても重点が置かれている。この二人を演じた清水さん、三塚さんの存在感の大きさ、確かなお芝居と、確実な歌唱テクニックが、このオペレッタを、ただの青臭いドタバタ恋愛オペレッタではなく、大人のオペレッタに仕上げているような気がしました。ラストのどんでん返しは確かに弱いし、ドラマとしてはとんでもないお話なんですが、むしろ、オベロンとティターニアのお話、としてみたときに、物語としてのカタルシスがあるような、そんな気がしました。

イゾリーヌの嶋崎さまの楚々としたたたずまい、ロマンツァの中で可憐なイゾリーヌの全てを歌いこんでしまうその表現力。イゾランの星野さんの凛々しさ、どこまでもどこまでも流れていくフランスものらしいたっぷりとしたフレーズの歌いっぷりの見事さ。北澤さん初め、脇役のソリストたちのキャラクターも見事に際立っている。うちの女房が指導していた合唱団、多少手前味噌になりますが、歌唱テクニック的には弱いかもしれないけれど、その場面場面の雰囲気を過不足なく端正に作り上げていました。一人ひとりのソリストが、それぞれにキャラクターを発揮できる歌をきちんと割り当てられており、合唱陣にも聞かせどころ、見せ場がきちんとある、実にバランスのいいオペレッタの佳品。芸達者なソリスト陣と、合唱陣の頑張りで、なかなか見ることのできない珍しいこのオペレッタの魅力が十二分に伝わってきた舞台でした。

女房も出演しているということもあり、娘は観劇初体験。以前、子供向けオペラ「アラジンと魔法のランプ」を見たけれど、あれは子供向けだったからねぇ。でも、小ホールという場所を最大限活用し、一種の小劇場演劇のような熱気を感じさせる演出に、娘も身を乗り出して見入っていました。出演者の皆様、照明・美術・演出のスタッフの皆様、何より、「すみれ」のタイトル・ロールと並行して、このオペレッタの合唱指導をこなすという快挙(暴挙?)をやりとげた我が女房どのに、本当にお疲れ様でした。