二期会「椿姫」〜バケツ3杯の涙〜

 
椿の花は匂いがないから
金持ちの男は心がないから
・・・だから私は好き。
 
昨日、文京シビックセンターに、二期会の「椿姫」公演を見てまいりました。

指揮: アントネッロ・アッレマンディ
演出: 栗山昌良
舞台美術: 石黒 紀夫
衣裳: 岸井 克己
照明: 沢田 祐二
舞台設計: 荒田 良
振付: 小井戸秀宅
演出助手: 小須田紀子
舞台監督: 菅原多敢弘

管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団 合唱:二期会合唱団

公演監督: 三林 輝夫

ヴィオレッタ : 佐々木典子
アルフレード : 井ノ上了吏
ジェルモン : 直野 資
フローラ:堪山貴子/ガストン子爵:小林大作/ドゥフォール男爵:久保和範
ドビニー侯爵:峰茂樹/医師グランヴィル:高橋啓三/アンニーナ:三橋千鶴
ジュゼッペ:伊藤俊三/仲介人:笹倉直也

という布陣でした。
 
序曲に合わせ、紗幕の上に投影された椿の花の中に、冒頭の文章が浮かび上がった瞬間から、もう涙腺がゆるみっぱなし。序曲の時点から、左右の柱の上部に配置された不気味な笑い顔の仮面が、ヴィオレッタを嘲笑する運命のように舞台を見下ろしている。第1幕、シャンパンの泡のような巨大な椿のオブジェから、第二幕の美しい田園のコテージ、仮面舞踏会の華麗なダンスシーン、そしてモノトーンの終幕に至るまで、栗山演出は徹底的に美しく、陰影の深い、色彩の豊かな舞台を作り上げていきます。奇をてらった感じのない、実に手堅い演出でありながら、細部にまでこだわり、細かな配慮に満たされた舞台。観客としてはもう完全に安心して、ただひたすらに、舞台の美しさと、音楽の美しさに酔いしれておりました。

恥ずかしながら、「椿姫」の生舞台を拝見するのはこれが初めてだったんです。女房に言うと、「それでよくオペラファンだなんていえるな」と一笑に付される。悔しいので、フェニーチェの来日公演の「椿姫」を見たいといったら、あの演出は読み替えになっているので、もっと手堅い、絶対にはずれのない公演にした方がいいよ、とのアドバイス。で、女房の推薦したのが、この二期会の舞台。

佐々木典子さんは、新宿オペレッタ劇場でも、別格の存在感を見せてくださった方。先日の宮本亜門の「ドン・ジョバンニ」でも、エルヴィラを見事に演じてらっしゃいました。今回のヴィオレッタも、期待どおりの素晴らしいヴィオレッタでした。

佐々木さんの持ち声では、1幕のカヴァレッタなどはかなり辛いと思うのです。実際、ラストの最高音はパスしてらっしゃいました。でも、それでも歌としての完成度がすごく高い。高音域を見事なテクニックでさばいた上で、「楽しむの、楽しむしかないのよ!」とほとんど自暴自棄になって歌うヴィオレッタの、なんと儚げで、切ないことか。このカヴァレッタでこんなに涙が出たのは初めて。

佐々木さんは、スタイルのよい方なのですけど、結構上背があって、押し出しの強い感じの方だと思っていました。オペレッタの伯爵夫人とかにぴったりする感じ。その佐々木さんが、1幕では、本当に少女のように可憐に見える。まだ10代の少女が、恋のときめきも知らずに高級娼婦となって、大人たちの欲望の中を泳いでいる。その少女にとって、アルフレードがまさに「初恋」の相手だったんだな、ということを、なんだか初めて納得した気がしました。

井ノ上了吏さん、直野 資さんも見事で、佐々木さんとのアンサンブルも実に手堅い。変な色気を加えずに、淡々とまっすぐに歌ってらっしゃるから、アルフレードやジェルモンの田舎者ぶりが際立つんですね。ドミンゴアルフレードとか、なんか「キミ、結構遊んでるでしょ?」という気がしちゃうんだけど、もっと朴訥で、真っ直ぐな二人の性格がよく見えた。ヘンな話ですが、「ああ、この二人、すごく似たもの親子なんだなぁ」と思っちゃいました。

文京シヴィックホール、という場所は、以前、大久保混声合唱団の日韓ジョイントコンサートで、ステージマネージャとしてお世話になったことがあります。印象としては、とても素敵なコンサートホール、という印象で、オペラ舞台もやるんだ、というのはちょっと驚きだった。実際、オケピットは、他の会場などに比べると随分浅い印象。でも、舞台の奥行きは十分あるんですね。今回の演出では、舞台の奥の部分が効果的に使われていたのですけど、それがドラマを重層的に見せていて、実に面白かったです。

ホールのロビーが、春日通りに面していて、窓がとても大きく、明るいのもいいですよね。ロビーの基調が白の大理石なのも、明るい感じを演出していて好きです。開放感がある。ロビーでは、近藤政伸先生にご挨拶することができました。「新宿オペレッタ劇場10の楽譜が、まだ全然来ないんだよ!」とぶつぶつお小言をおっしゃっていました。7月公演だもんねぇ。近藤先生くらいお忙しい方だと、直前に時間が取れないこともあるから、とにかく早く楽譜が欲しいんですよね。訳詞家さん、早く仕上げてあげてくださいね。

休憩中には、ガレリア座の仲間のKさんともばったり。読売新聞の抽選でチケットが当たったんだそうです。それにしても気になったのは空席の多さ。こんなにクオリティが高い舞台なのに、結構空席があるんですよね。私の席は1階席の一番後ろの方だったのですが、1列に2・3人くらいしか座っていない。もったいないなぁ。新国立劇場が外人呼びまくってテキトーに作ったヌルいプロダクションなんかより、ずっとずっと完成度の高い舞台だよ。

高畑勲さんの名作アニメ「母をたずねて三千里」で、人形劇のペッピーノ一座というのが出てきて、その座長さんが、「バケツ三杯泣かせないと、お客さんは納得しない」というシーンがあります。「椿姫」というのは、ほんとにメロメロのメロドラマ。そのメロドラマを「クサイお芝居」にしてしまうのではなくって、本当にバケツ三杯泣かせるだけの、リアリティ溢れるドラマに仕上げた栗山演出の見事さに、感服しました。