勘三郎襲名公演そのに 「毛抜」〜愉快なヒーローの原点〜

尼崎の列車事故には驚きました。私の実家は、福知山線宝塚線沿線にありますから、帰省するたびに使っていた電車なんです。幸い、親戚縁者に被害者はいなかったようですが、巻き込まれた方、遺族の方々には、本当にお悔やみを申し上げます。

さて、今日は、昨日から書き始めた、勘三郎襲名公演の感想。そのに、として、口上の前座として上演された、団十郎の「毛抜」です。

「毛抜」という演目は、以前、歌舞伎に興味を持ち始めた頃、NHK教育で放送していた歌舞伎十八番の特集番組で、舞台録画の映像を見たのです。そのなんとも荒唐無稽な物語の面白さ、粂寺弾正が小気味よく難題を解決していくその爽快さ。歌舞伎ってこんなに面白いんだ、と、すっかり目からうろこが落ちたような気分になった演目でした。

生の舞台を観劇したのは初めてだったのですが、やっぱり面白い演目ですね。舞台の出来不出来、なんてことを云々できるほど歌舞伎の舞台を見ていないので、そういう批評めいたことは一切書けないのですが、脇役では、八剣玄蕃役の市川團蔵さんの団十郎さんとの息の合った悪役ぶり、巻絹役の中村時蔵さんの、美しい中にも愛嬌のある演技が魅力的でした。

しかし、この演目はなんといっても、スーパーヒーロー粂寺弾正のキャラクターが全て、という演目ですよね。後半は舞台に出ずっぱりで、ユーモラスなお芝居から荒事、じっと沈黙の芝居まで、幅広い演技が求められる。団十郎さんという役者さんは、こういう、ユーモア溢れる愛すべきヒーロー、というのをやらせると、本当に素晴らしいですね。間の取り方の見事さ、槍の荒事の美しさ。大きな病気からカムバックされての襲名公演への参加。見事な復活ぶりでした。

粂寺弾正、というキャラクターには、大星由良助や弁慶のような悲壮感がありませんよね。ただ悠然と難局にやってくる。その難局に対して客観的である。さらに、稚児にも腰元にも色気を見せる愛嬌や、踊る毛抜を見た時のユーモラスなお芝居と、キャラクターがとにかくユーモラス。こういうユーモラスなスーパーヒーロー、というのは本当に魅力的。かなり前のこの日記で、ユーモア、というものが、映画などのエンターテイメントには必須なのでは、という話を書いたことがありますよね。「毛抜」が魅力的な演目に仕上がっているのは、この「ユーモア」が大きな要因になっている気がします。

ユーモラスなヒーロー、と言えば・・・と、ふと気が付いた。粂寺弾正のキャラクターって、黒澤の「用心棒」「椿三十郎」の、あの三十郎のキャラクターに似てないかい?颯爽と現われて、悪人どもの悪だくみをばっさばっさと解決して、颯爽と去っていく。かっこいいのだけど、どこかかっこ悪くて、ユーモラス。余裕があって、武芸の達人で、正義感に溢れている。

個人的には、黒澤映画の大ファンであるスピルバーグが撮った、「インディー・ジョーンズ」のハリソン・フォード、というのも、三船敏郎と三十郎のキャラクターが微妙にかぶるんです。インディー・ジョーンズも、かっこいいのだけど、ユーモア溢れるキャラクターですよね。三船敏郎からハリソン・フォードに至る、ユーモア溢れるヒーローの原点が、粂寺弾正の造型にある、なんて言ったら、言いすぎかしら?