松山バレエ団「くるみ割り人形」〜物語の明快さ・チケットを売るネットワーク〜

週末、久しぶりにガレリア座の練習が全くなし。この年末に家の中の模様替えを計画しているので、土曜日はその準備。日曜日に、府中の森芸術劇場 どりーむホールで上演された、松山バレエ団の「くるみ割り人形」を見に行ってきました。

年末のクリスマス時期には毎年、クリスマスにちなんだ舞台を見に行きたいなぁ、と思っています。でも年末は何かと忙しく、中々実現できません。中でも、「くるみ割り人形」は夫婦そろってお気に入り。国内外の舞台が集中する年末に、なるべく見に行く舞台です。

今回の松山バレエ団のチケットは、女房が偶然思いついて購入したもの。そろそろ娘を連れて、本格的な舞台公演を見に行きたいなぁ、と思っていたところに、ご近所の府中伊勢丹で、チケットの会員優待割引があったんです。府中の森芸術劇場は近くだし、丁度いいや、と購入。松山バレエ団や、森下洋子、清水哲太郎の名前は知っていても、どの程度の規模の舞台か、予備知識はまるでなし。結果的には、いい意味ですごく驚かされた、充実した、実に素晴らしい舞台でした。

後で女房が調べてくれたのですが、松山バレエ団の「くるみ割り人形」には、色々とオリジナルの場面が挿入されているそうです。それが非常に効果的。「くるみ割り人形」の物語を、少女クララが大人の女性に成長していく通過儀礼の物語として再構築した、実に明快な解釈。くるみ割り人形って、そういう物語なんだなぁ、と実に納得しました。

一番大きな要因は、少女クララを演じる踊り手さん自身が、こんぺいとうの精としてバ・ド・ドゥを踊った、という所です。私や女房が今までみた「くるみ割り人形」では、クララを演じる踊り手さんは、少女役、ということもあり、子役の踊り手さんが演じていました。こんぺいとうの精は、プリマが演じる。なので、クララがこんぺいとうの精=くるみ割りの王子の妻になる、というストーリが、そこで断絶する感覚があった。

でも、松山バレエ団の舞台では、クララ自身がこんぺいとうの精になるのです。森下洋子さんが、登場してきた時から、なんと可憐で、またなんと美しいこと。もう60歳前後のお歳では、と思うのですが、少女姿も全く違和感がなく、パ・ド・ドゥも優雅。所作から立ち姿から、本当に美しく、女房ともどもため息をついて見ておりました。

さらに、オリジナルのパ・ド・ドゥが終った後、クララが目を覚ます大広間に戻ってきたところで、くるみ割り王子とクララの別れのパ・ド・ドゥという新しい場面が挿入されているのです。ここで、なんとも切ないバイオリンのソロが延々と続く。オーケストラは、東京ニューフィルハーモニック管弦楽団、指揮は河合尚市、という布陣だったのですが、このバイオリンソロが実に見事だった。プログラムにコンサートマスターの名前さえ記載されていないのですが、フラジオレットのクリアな響きで、二人の別れの場景を見事に表現されていました。タダモノじゃない。あんまりバイオリンソロが素晴らしかったので、その後に続く木管の響きがそれにつながらなくて、一瞬、携帯電話のアラーム音か、と思っちゃった。

さらに、最後に、ドロッセルマイヤーが、目を覚ましたクララに、白いショールをプレゼントして去っていく。そのショールは、お菓子の世界に旅立つクララが、雪の国でもらったのと同じショール。そこで、クララは、くるみ割り王子との冒険が、夢ではない、現実の自分の成長を示したものだった、ということを知るのです。この大団円も実に印象的でした。

松山バレエ団の「くるみ割り人形」は、実に23回目の公演とのこと。恐らくは、23回の公演の蓄積の中で、工夫に工夫を重ねて出来上がってきた舞台なのでしょうね。そういう歴史を感じさせる、印象的な演出でした。

もう一つ感心したのは、若干下世話な話になるかもしれませんが、きちんとチケットを売れるシステムが出来上がっていること。どりーむホールのキャパは2000席を越えるのですが、ほぼ満席。でも客層を見ると、クラシックの演奏会の客層とは微妙に違う。「くるみ割り」ということで、子供が多い、というのもそうなのですが、それだけでなく、舞台に出る子供たちのご家族や、知り合い、お友達、あるいは、バレエ団の生徒さんたちとそのご父兄、という層が多い気がしました。

今回の舞台では、普通の「くるみ割り」で、子役の見せ場になる、最初の舞踏会の場面は、大人の踊り手さんが子供役を踊っていました。女房の言葉を借りれば、「16・7歳くらいの優秀な踊り手さんの層が薄いための、苦肉の策なのかもしれない」のですが、子供たちの見せ場は、お菓子の国の群舞の中で用意されていました。20人くらいの子どもたちが実に達者に踊る。大体、小学生くらいだと思うのですが、この子どもたちの「発表会」という側面も併せ持つ舞台なのかな、と思いました。

そういう場面を用意することで、その子どもたちの関係者にチケットが売れる。そういう場面に出演できる機会を設けることで、生徒さんも増える。生徒さんの関係者にチケットが売れる。下世話な話かもしれませんが、そういうネットワークを作り、チケット収入をきちんと確保することは、公演のクオリティを高めるためにはすごく大事なことです。舞台装置はとても大掛かりで、見所たっぷりの、立派な舞台でした。それを維持するためのネットワーク作りの努力にも、頭が下がりました。

娘を連れての初めての舞台観劇。夫婦そろって、気合を入れて、着物を着てのお出かけでした。女房は着物での外出が3度目くらいなので、かなり慣れてきたようですけど、私は着物で人前に出るのはほとんど初めて。緊張したけど、やっぱり着物はいいですね。腰が据わって気分がいい。

娘は、いつものお昼寝時間に重なってしまって、眠いのを我慢しての観劇だったのですが、最後まで頑張りました。ネズミとの戦争シーンや、お菓子の国の場面では舞台に食い入るように見入っていました。花のワルツでさすがにダウンして、ちょっと寝ちゃったけどね。アンコールのクリスマスメドレーではまた起きて、小さな手で一生懸命手拍子をしていました。

いい舞台を、おめかしして楽しむ。充実した日曜日でした。さて、早くこの風邪を治して、来週は練習で頑張るぞ。